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38 信仰心

「あなた、本家筋の人間でしょ?それも、相当中心に近い」



 ほぼ確信に近い言い方で、恭太さんが父に問う。

 父はまた無視を決め込んでいたけど、恭太さんはそれを肯定だと汲み取ったらしい。



「《《だから》》内緒にしてたんだ」


「……は?」


「伯父さんが言ってた。本家の人間は、信仰心が厚いって」



 信仰心?

 恭太さんが何の話をしているのかわからず凪さんを見上げるも、凪さんも意味がわからないとでも言いたげな顔をしていた。

 しかし父は疑問を抱いた素振りはなく、苛立たしそうに舌打ちをする。



「ちょっと、恭太。わかるように説明しなさいよ……!」



 少し怒ったような声色で、凪さんが言う。

 恭太さんはそんな凪さんをチラリとみて「ああ、姉さんは知らないんだ」と呟いた。



「説明してあげたいけど、僕も詳しくは覚えてなくってさ。そこのおじさんに説明してもらうのが手っ取り早いんじゃない?」


「……霧山さん、ご説明いただけますか?」



 恭太さんの言葉を受け、先生が父に問う。

 しかし父はそっぽを向いて、だんまりのままだ。



「お父さん……!」



 たまらなくなって声を上げる。

 父は私の声に眉をぴくりと動かしたけれど、目をそらしたまま黙っている。



「霧山さん、お母さんに聞いてみたら?」


「え?」


「お母さんも知ってるかもよ?」



 意地悪そうに笑って恭太さんが言うけれど、母の様子を思い返してみると、とても知っているようには思えない。



「この性悪が」



 言い放ったのは父だった。

 額に青筋を浮かべて、恭太さんを睨みつけている。



「……お父さん……」


「……母さんは何も知らない。だから聞いても無駄だ」


「じゃあ、ちゃんと説明してよ……」



 あふれてくる涙をぬぐいながら、父に訴える。

 さっきまで怖い顔をしていた父は、困ったような顔で私を見ていた。


 しばらくの沈黙の後、父は低い呻き声を漏らしてうなだれた。

 そして顔を上げ、ため息をつく。



「……仕方ない。母さんたちには、絶対に言うなよ」



 そう言った父は、どこか諦めた目をしていた。





 父は九州のある地方の名家に生まれた。

 上には姉が3人。

 待望の長男として、父は大きな期待をかけられて育てられた。


 本家の長男という立場は田舎では絶対的で、父に逆らうものはほとんどいなかったという。

 遅くに生まれた跡取りということで、祖父母も父にはとことん甘かったらしい。


 しかしそんな父にも、屋敷の中にひとつだけ、入室を許されていない部屋があった。

 屋敷の一番奥に位置するその部屋に入れるのは、当主である父とその妻、そして先代の当主夫妻と年配の女中のみ。

 隠されれば隠されるほど好奇心は刺激されるもので、父は何度も部屋に忍び込もうとしたものの、頑丈な鍵がかけられていて叶わなかったという。


 転機が訪れたのは、高校3年生の冬。

 受験を控えていた父は、自室にこもって勉強漬けの日々を送っていた。

 小腹が空いて台所へ足を運ぼうとしたとき、ふいに例の部屋のことが頭をよぎった。


 成長してからは部屋の存在自体に興味を失っていたが、その日は妙な予感がして、こっそりと部屋の前まで行ってみることにした。

 普段は何重にもかけられている鍵は、すべて外されていて、部屋の扉が少し開いたままになっていた。

 そんなことは、今まで一度だってなかったのに。


 それを見た瞬間、いけないとわかっていても湧き上がる好奇心を抑えることが出来ず、父は扉に手を伸ばした。

 忍び足で進入した室内は暗く、目を凝らしながらゆっくりと進んだ。

 細長い廊下のようなものが続いていて、その先から両親の話し声が聞こえてくる。


 息を殺したまま、声のする方へ進んでいく。

 細長い道の先には、もうひとつ扉があった。

 扉の隙間からは、ろうそくか何かの明かりが漏れていた。


 音をたてないように慎重に、父は扉に手をかけた。

 そうして、そっと覗き込んだ先には、何かを拝んでいる両親の姿があった。

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