表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/144

36 失望

 先生に促されてようやく席に戻った父は、深くため息をついてうなだれた。

 そして頭をガシガシとかきむしって、恭太さんを睨みつける。



「こっわ」



 まったく怖がっていない顔をして、恭太さんが言う。

 凪さんが小声で「刺激しない」と注意したのが聞こえた。


 凪さんは恭太さんをかばうように、恭太さんにぴったりとくっついている。

 それはそうだろう。

 自分の家族が初対面のおじさんにつかみかかられたら、警戒するのも当然だ。



「霧山さん、どうして急に……」


「すみませんね。その子がこちらをずいぶん挑発するもんで」


「挑発?僕は提案しただけだけど?」


「目上の者には敬語を使うよう教わらなかったのか?」


「暴漢が目上?あなたこそ常識がないんじゃない?」



 焼け付くような空気に、思わず身構える。

 厭味ったらしい話し方をする父なんて初めてで、まるで知らない人みたいだ。


 恭太さんはちらりと私に視線を向けて、仕方なさそうに表情を緩める。



「ごめん、怖かったかな?」


「あ、いや……ちょっと……」



 そう言いながら、自分の手が少し震えていることに気付いた。

 小春さんがそっと手を握ってくれて、ちょっとだけ安心した。



「怖がらせるつもりはなかったんだ。でも、確かめたくて」


「確かめる?」


「そう。そこのおじさんが、本当に何も知らないのかを」



 そう言って、恭太さんが父を指さした。

 父は恭太さんを睨みつけたまま、黙り込んでいる。



「よくもまあ、長年悩み続ける娘を放っておいたもんだよね。小さいころからトレーニングしていれば、今頃普通の生活が送れていたはずでしょ?」


「……お前に何がわかる」


「わからないから聞いてるんでしょ?バカなの?」



 すぱっと恭太さんが言って、父は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 そして観念したように話しだした。



「ばれてしまったならもういい。俺はお前ら一族に、娘に今後一切かかわるなと言いに来たんだ。話を聞く限り、伯父の方さえ警戒すればいいと思っていたんだが、予想外だった」


「娘の体質が改善しなくても問題ないと?」


「そういう話をしているんじゃない」


「じゃあ、どういう話?あなたが代わりに訓練してあげるってこと?今まで素知らぬ顔をしてきておいて?」


「……うるさい」



 恭太さんに口に勝てないと悟ったのか、父はそう言ってそっぽを向く。



「霧山さん……さすがにこのまま訓練を中断するというのは、あまりにかすみちゃんが不憫です。ご実家とは疎遠だとお聞きしましたが、それが何か関係しているのですか?」



 先生の問いかけに、父は「ええ」とぶっきらぼうに答えた。



「うちの娘を親戚連中に引き合わせるなんてごめんです。彼らもきっと、うちの縁戚にあたるんでしょう。だから今後接触は控えていただきたい。……それに、かすみのそれは体調には一切影響のないものですので、もう通院も不要でしょう。うちの者には私から話をしておきますので」


「いやいや、そんな勝手な……」


「勝手?確かに先生方にはよくしていただきましたが、これは家族の問題です。口を出される筋合いはない。ほら、帰るぞ」



 父はそう言って、私の腕をぐいっと引っ張る。

 ちょうどさっきぶつけたところにあたって、痛みに声が漏れたが、父は気にも留めない。


 先生と小春さんが必死に父を説得していたが、父は話をきくつもりはないようで、私の腕を引いたままズンズンと歩いていく。

 その背中に、恭太さんが「臆病者」と言い放った。

 父は一瞬立ち止まったが、振り返ることなく歩みを進める。



「お父さん、痛い……っ」



 痛みと恐怖から泣きそうになりながら言ったが、父には届かなかったのか返事はない。

 普段温和な父が怒ったところなんて、初めて見た。

 それに、父がまさか何もかも知ったうえで、すべてを隠していたなんて。

 強い失望と怒りが、私の中で激しく渦巻いている。



「あらら」



 そう呟いたのは、恭太さんの声だっただろうか。

 深く濃いもやに包まれて、もう私の腕を引く父の顔すら見えない。


 父の「落ち着きなさい」という声が聞こえたが、この状況でどうやって落ち着けというのだろう。

 頬を伝う涙をそのままに、私は姿の見えない父に向かって「嘘つき」と零した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ