35 嘘
軽い自己紹介を交わしたあと、先生が一連の経緯を父に説明してくれた。
父はそれを黙って聞いていたが、遺伝の話がでたあたりで眉をひそめる。
「遺伝……ですか」
「ええ。以前もお聞きしたかと思いますが、ご親族に同じような体質の方はいらっしゃいませんか?」
「ええ、おりません」
「一応、改めてご実家の方に確認していただくというのは……」
「わかりました。後日確認しておきましょう」
父はそう答えたけれど、絶対に連絡しないだろうな、と察する。
本人は気づいていないだろうが、父には嘘をつくとき、首の後ろに触れる癖がある。
今も父の右手は、首元に添えられていた。
「ところで、三雲悠哉さんは本日は……?」
「伯父は今海外に出ておりまして……同席できず、申し訳ありません」
父の問いかけに、凪さんが答える。
父は少し困った顔をして「そうですか」と返した。
「一度詳しい方に直接お話を伺えたらと思ったのですが」
「次回は伯父も参加できると思いますので、そのときなら大丈夫だと思います」
「次回、ですか……。わかりました、よろしくお願いします」
そう言いつつも、明らかに父はうろたえた様子だった。
次の機会ではいけない理由でもあるのだろうか?
「急ぎのご用事でも?」
父に訊ねたのは、恭太さんだった。
少し訝しむようなまなざし。
恭太さんも父の様子が気になったのかもしれない。
「いえ、そういうわけでは」
「つながるかはわかりませんが、電話してみましょうか?」
「あ……いや、直接お会いしたときで大丈夫……」
父はそう言いかけて「いや」と呟いた。
「連絡先を教えていただくことは可能でしょうか?先方の都合のいい時間にお話をさせていただけると助かるのですが」
「この場では離せない内容ですか?」
「は?いや、その……そういうわけでは」
父はそう言って、恭太さんから視線をそらした。
恭太さんは微笑んでいるのに、目はまったく笑っていない。
言葉を濁したまま黙りこくってしまった父をじっと見て、口を開く。
「そういえば、近々本家の人間がこちらに出てくるそうです。そちらをご紹介しましょうか?」
恭太さんの言葉に、父の眉がぴくりと動いた。
「もしかしたら、お知り合いかもしれませんよ?」
さらにあおるように恭太さんが言った瞬間、父は勢いよく恭太さんの胸倉に掴みかかった。
慌てて止めに入るも振り払われ、代わりに先生があいだに割って入る。
「ちょ、霧山さん!落ち着いてください!」
「うるさい!離せ!!」
今にも殴り掛かりそうな父の勢いにも、恭太さんは怖気づくことなく涼しい顔をしている。
そのとき不意に、父が足を振った。
何もないはずなのに、何かを振り払うように。
父はすぐにはっとした顔をした。
その瞬間、緩んだ父の腕から抜け出した恭太さんが父の肩をつかんだ。
「……やっぱり、感じるんだ?」
なにが、と聞かなくてもわかってしまった。
恭太さんの足元に、うっすらともやが漂っていたから。
私は信じられない気持ちで父を見ていた。
父に振り払われたときに机にぶつけてしまった腕が、ズキズキと痛んだ。




