33 感知
「上出来だね」
恭太さんの言葉に顔を上げる。
「もしかして、今……」
「そ。少しだけもやを出してみた。気づかないだろうと思ったんだけど、優秀だね」
そう言って、恭太さんは淡くもやを漂わせる。
それに無遠慮に触れるマスター。
恭太さんは不機嫌な顔をして、マスターを睨みつけた。
「何してんの?」
「いや、やっぱ何も感じないなーと思って」
「まったく、何回やれば気が済むわけ?」
「いやいや、俺も成長するわけだし?ワンチャンいける可能性もあるって」
「……はぁ」
話の腰を折られたとばかりにため息をついた恭太さんは、私に向かって手を差し出した。
なんだろうと思って差し出された手をまじまじ見つめると、左手の中指にはめられている指輪の存在に気が付いた。
太めのシルバーのリングには植物のような模様が入っていて、中央にはきれいな紫色の石がついている。
「これ……」
「みててごらん」
言われるまま指輪を見ていると、恭太さんの周囲を漂っていたもやが、細い線のようになって指輪に吸い込まれていく。
悠哉さんの場合、煙が吸い込まれていくような感じだったのに、恭太さんのそれはまるで糸のようだ。
「これ、伯父さんより僕の方がうまいんだよ」
得意げに言った恭太さんは、手のひらを上に向ける。
先ほどまで石の中に吸い込まれていたもやは、恭太さんの手の上で渦を巻いていく。
まるで恭太さんの手のひらに浮かぶように、紫色の球体が出来上がっていく。
「え、すっご!なにこれ!」
私よりもはしゃいだ声を上げたのはマスターで、先ほどと同様、遠慮なく球体に手を伸ばす。
しかし球体は、マスターの指先が触れる寸前に崩れて消えていった。
「なんっでそんなことするかな……!」
「触ったところで、あなたには何も感知できないよ」
「そういう問題じゃなくて!もっかい、もっかいやってくれよ」
「いや」
ふいっと恭太さんが顔を背ける。
マスターは不満そうに口を尖らせたまま「このやろー」と恭太さんの肩をぐらぐらゆすっていた。
恭太さんはマスターを無視したまま、私に視線を戻した。
「今自分のもやに触れてみて、何か感じる?」
「……いえ……」
「まあ、普段からもやが出てる状態だからね。なかなか難しいか。……ちなみに、もやを増やすことはできそう?」
「えっ……と……」
試しに「もや増えろ……」と心で唱えてみるも、案の定何も起こらない。
「……無理みたいです」
「だろうね。じゃあ、何か最近嫌だったこととか思い出せる?」
「嫌だったこと……」
そう考えて、思い浮かぶのはやっぱり両親の姿。
さっきまで落ち着いていた心がざわつくのを感じて、スカートをぎゅっとつかむ。
「おお。なかなか」
恭太さんが感嘆の声をあげる。
恭太さんがかすんでしまうくらい、濃いもやが私を包み込んでいた。
「じゃあ、今のもやに触れてみて」
言われるがまま、もやに手を伸ばすと、パチッと静電気のようなものを感じた。
驚いて手を引っ込める。
今までこんな感覚、一度も感じたことがなかったのに。
「何か感じとれた?」
「あの……電気?みたいな……」
「え、まじ?」
マスターが私のもやに手を伸ばしたが、何も感じなかったのか残念そうにしている。
恭太さんはそんなマスターには一切触れず「上出来」と微笑んで見せた。




