31 身内と他人
母は、なんていうか、悲劇のヒロインみたいな人だ。
私みたいな特殊な子どものせいで、その苦労は絶えなかったことだろう。
しかしそれを差し引いても、母は大げさなほど悲劇に酔っているように見える。
娘のためにどんな苦労も厭わない母親。
それがきっと、母の求める理想なのだろう。
だからこそ一縷の望みをかけて、怪しい代物にまで手を出し、効果がないとわかれば絶望して泣き崩れる。
それはもう、当事者の私なんかの比じゃないほど。
母は、子ども想いの優しい人なのだとは思う。
それでもそれは、私にとって重荷でしかない。
「あんなに泣かれてもなぁ」
乾いた笑いがこぼれた。
だいたい、病気じゃなくて体質なんだって話したばっかりなのに。
「お父さん、何も言わなかったな……」
父が祖父母や親戚を毛嫌いしていることは知っている。
だから普段は話題に出すことはしない。
でも今回は、娘の一生にかかわる話だ。
もやの原因が父からの遺伝である可能性があるなら、娘のために一度話を聞いてみても罰は当たらないんじゃないかと思う。
なのに父は、目をそらした。
自分には関係のないことだと言わんばかりに、素知らぬ顔をしていた。
「はぁ~……」
にじみ出るこの感情は、怒りだ。
両親よりもずっと、他人であるはずの小春さんや先生、悠哉さんの方が、私の気持ちにちゃんと寄り添ってくれた。
それを嘆いてもどうにもならないとは知っていても、ただただ失望と怒りに身を吞まれそうになる。
いけない、瞑想。
目を閉じて、呼吸に集中する。
余計な考えは頭の中から追い出そう。
※
「実の家族だからこそ、難しいってこともあると思うぜ」
「……そう、ですか?」
「そうそう」
私は現状に戸惑いながら、自信満々に言うマスターの顔を眺めていた。
瞑想で気分を落ち着けたものの、もやもやした気持ちが抜けないまま、一日を過ごした。
学校帰り、なんとなく家に帰りたくなくて散歩することにしたのは、ただのきまぐれ。
寂れた商店街は人通りも少なく、意外と私に向いている。
逆に公園なんかは、子どもやペットを連れている人が多くて、警戒されやすいのだ。
とぼとぼと散歩をしていると、声をかけられた。
振り向いた先にいたのは、マスターだった。
買い出しの帰りだとエコバッグをみせてくれたマスターに誘われるがまま、喫茶店までやってきた。
最初は世間話をしていたはずなのに、マスターが聞き上手なのか、鬱憤が思った以上に溜まっていたのか、いつのまにか両親のことを話してしまっていたのだ。
「関係が近いほど、客観的な視点を持つのは難しいもんから。俺もまぁ、似たようなもんだしな」
「マスターも?」
「うん。親しい相手ほど、距離感が難しいし、つい自分の感情をぶつけちまう」
苦い経験があるのだろうか。
そういうマスターの横顔は、どこか寂しげだった。
「彼女さん、とかですか?」
「んん?彼女?」
「恭太さんが、マスターには恋人いるって言ってたので」
「あ~……あいつ……」
マスターは少し照れたように、ポリポリと頬をかいた。
耳の先が少し赤くなっている。
でもその口元は、どこか嬉しそうだった。
「ま、そうだな。好きなやつ相手だと、冷静ではいられないな」
「へぇ~」
「へーって、花も恥じらう女子高生ならわかるだろぉ?」
「いえ、私恋愛経験ないので」
「えぇ~?」
マスターはおおげさに驚いて見せて「もったいない」なんて言う。
恭太さんもマスターも、まるで私を普通の女子高生みたいに扱うから、どういう反応をしていいのかわからなくて困る。




