3 憐憫と動揺
「かすみちゃん、こんなところにいたのね」
「……小春さん」
「結構探したのよ」
ふにゃっと笑う顔は普段よりも幼く見えて、私も思わず頬を緩ませる。
小春さんはこの病院の看護師で、私がこの病院に通い始めて少しした頃から勤務している顔なじみだ。
私のことを気にかけてくれているのか、通院日と出勤日が重なるとこうして声をかけてくれることが多い。
小春さんはもう一度深く深呼吸をして、背筋をピンと伸ばした。
そして私に向かって深く頭を下げる。
「ちょっ……小春さん、どうしたんですか?やめてくださいっ」
私が慌てて言うと、小春さんは首を横に振った。
「さっきあなたに失礼なことを言った看護師……彼女の教育担当、私なの」
「あ……」
待合室でのことを思い出し、私は口をつぐむ。
心なしか、薄くなっていたもやが少し濃くなった気がした。
「あなたを傷つけてしまって、本当にごめんなさい」
「……いえ、大丈夫です」
「大丈夫って顔には見えないわ」
そう言って目を細めた小春さんの表情が悲し気で、胸がぎゅっと締め付けられるような思いだった。
いたたまれなくなって、私は小春さんから目をそらした。
「でも、慣れていますから」
無理に笑って、嘘をつく。
昔から奇異の視線を向けられることは多く、心無い言葉を浴びせられることもしょっちゅうだった。
しかし、いくら経験してもその悪意に慣れることはできなかった。
開き直れたらどんなに楽だろうかと思うけど、毎回心が疲弊し、すり減っていくような感覚に陥る。
小春さんは、それ以上言わなかった。
何を言っても、私が傷つくと思ったのかもしれない。
彼女の瞳にはいつだって、深い憐憫が揺らめいている。
その憐憫もまた、私を追い詰めていることを彼女は知らないだろう。
「検査まで、もう少し時間が掛かるんだ。ここにいる?それとも、空き部屋で待ってる?」
「……ここにいようかな」
「わかった。じゃあ、順番になったら呼びに来るね」
「お願いします」
そう言って踵を返した小春さんは、数歩進んだところで、思い出したようにこちらを振り向いた。
「……さっきあなたに失礼なことを言った看護師が、直接謝りたいって言ってたんだけど……」
「え……嫌です」
思わずそう返して、はっと口を押さえる。
結構ですだとか、遠慮しますだとか、大丈夫ですだとか、そんな遠回しな言葉を使うべきだったのに。
小春さんは苦笑いして「だよねぇ」と返した。
しかしそのあとに「でも」と続ける。
「彼女、気になることを言っていたのよね」
「気になること?」
「ええ。――‐弟にはできるから、あなたができないと思わなかったって」
私は目を見開いた。
私の期待と動揺を察したらしく、小春さんは「詳しい話は聞けていないの」と続けた。
「話している途中で、彼女呼び出しを受けてしまって……。だから本当に、彼女の弟さんにあなたと同じ症状が出ているのかすら把握できていない状況なの。彼女が戻ってきたら話を聞いてみるわね」
「あっ……それ、私も同席してもいいですか?」
「でも……」
小春さんは表情を曇らせた。
彼女がまた失言をしないか心配なのだろうか。
それによって、私がまた傷つくかもしれないと。
「大丈夫ですから、お願いします!」
勢い良く頭を下げると、少しの間があって、小春さんがため息をついた。
そして「わかったわ」と答える。
「でも、つらくなったらすぐに教えてね」
「はい!ありがとうございます!」
顔を上げると、小春さんは微笑んでいた。
いつもの同情交じりの悲しそうな笑顔じゃない。
春の陽だまりのような、温かな笑顔だった。




