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29 誤解

 病院からの帰り道、私はうなだれていた。

 小春さんに、両親へ何も話していないことがバレてしまったのだ。

 状況が大きく変化しているから、病院からもきちんと説明の場を設けたいと言われて、思わず目が泳いでしまった。

 加えて先日の宝生さんのスケッチから、慌てている状態のもやがでていることを指摘されてしまい、白状せざるを得なかった。


 どうして黙ってたの、と小春さんは呆れ顔だったが、母のことを知っているからか、理解はしてもらえた。

 お母さん想いね、と言われたのはちょっと心外だったけど。

 でもこのまま黙っているのはよくないと、帰ったら話をするよう諭された。

 親子で話す時間を設けるため、病院からの連絡は明日以降にしてくれると。


 それでもやっぱり、憂鬱。

 そう思ってため息をついたそのとき、唐突に後ろから肩をつかまれた。



「どうした⁉」



 振り返った先には、慌て顔の雪成。

 急にどうしたのかと戸惑っていると、私の顔をまじまじと見ながら、雪成はますます顔を青くしている。



「誰かに何かされたのか⁉」


「えっ?えっ?」


「怪我は?それとも具合悪い?」


「いやいやいやいやいや」



 あまりの勢いに押されながらも、思い切り近づけられた顔を押し返す。



「急に何なの?誰にも何もされてないし、怖いんだけど」


「じゃあ、なんでそんな顔してんだよ!何もないのに、そんな目真っ赤にすることあるか?」


「あっ」



 雪成に指摘されて、先ほどまで号泣していたことを思い出してしまった。

 両親への言い訳で頭がいっぱいで、すっかり頭から吹き飛んでいたのだ。


 ぱっと顔を手で覆う。

 冷やしたつもりだったけど、一目でわかるほど目が腫れているなんて。

 しかしその私の反応は、より雪成の誤解を深めてしまったようだ。



「……誰にいじめられた?学校のやつ?」



 そう言う雪成の声は、今まで聞いた中で一番冷たい。

 びっくりして指の隙間から雪成をみると、わなわなと怒りに震えていた。

 このまま、どこかに怒鳴り込みにでもいきそうな勢いだ。



「ち、違う!誰にもいじめられてない!」


「……かばうのか?」


「だから違うって!これはなんていうか、その……嬉し泣き?っていうか」


「はぁ?」



 間の抜けた声を返した雪成に、私は恭太さんや悠哉さんのことを話した。

 恭太さんのことは前にも伝えていたけど、悠哉さんに会ってようやく具体的なもやの実情や対処法が見えてきたこと、そして今までのことを労れて思わず涙腺が崩壊してしまったことを話すと、雪成は困ったような顔をして笑った。



「……よかったな」


「っていうわりには、なんか変な顔しているけど」


「いや、たださ、俺もお前の苦労は知ってるつもりでいたけど、そこまで追い込まれていたとは思ってなくて。大して頼りになれなかった自分の非力さを痛感してるだけ」



 冗談めかした言い方だったけど、私を見る雪成の表情は真剣そのもので、つい目をそらしてしまった。

 そんなことないとか、たくさん助けられてきたとか、そんなことを言いたかったのに、なぜか口に出せなかった。



「で?そんないい出会いがあったのに、なんであんな落ち込んでたわけ?」


「落ち込んでた?」


「すごいうつむきながら、とぼとぼ歩いてた」


「……うぅ……実は……」



 両親にまだ恭太さんや悠哉さんのことを伝えていないのだと言ったら、雪成は盛大に吹き出した。

 むっとして唇を尖らせる私をよそに、雪成は笑いすぎで苦しみながら、私の背中をバシバシと叩く。



「ちゃんと話しとけよ、お前」


「うるさいなぁ」


「言いづらいのはわかるけどさ……ま、先にのどかに話してみたら?」


「のどかに?」


「そ。親に言うより、そっちのがハードル低いだろ?そんで親に言うときも同席してもらえば、心強いんじゃね?1対2より2対2の方が勝機あるしな」


「なにそれ。戦うわけじゃないんだけど」



 おかしくなってつい笑ってしまった。

 妹に頼るなんて、お姉ちゃん失格だ。

 それでも、のどかならきっと味方になってくれるだろう。

 そう思うと、少し心が軽くなった気がした。

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