24 かわいい
「それじゃ、またいつでもおいで」
「はい!」
軒先まで見送りに来てくれたマスターが小さく手を振ってくれたので、会釈を返す。
恭太さんは駅に向かうそうなので、バス停まで並んで歩いた。
恭太さんはおしゃべりなタイプじゃないみたいで、道中はほとんど無言のままだったけど、今度は歩調をあわせてくれた。
「じゃあ、気を付けてね」
「ありがとうございます」
「あ、そういえば」
別れ際、恭太さんが私の目を覗き込むようにして言った。
「あの人、付き合ってる人いるから」
「あの人……マスターですか?」
「そ。一応」
そんなに見惚れていただろうかと思いつつも、どう返していいかわからずにあいまいに笑った。
「あの人、あんな見た目で物腰がやわらかいでしょ?」
「ああ……モテそうですよね」
「変にその気にさせちゃうから、困ったもんだよ」
「……大丈夫です。私こんなんだから、恋愛とか考えたこともないし。でも、忠告ありがとうございます」
自虐めいた私の言葉に、恭太さんは首を傾げた。
そして不思議そうに続ける。
「それはそれ、これはこれでしょ?霧山さん、普通にかわいいと思うよ」
「……へっ!?」
思わぬ誉め言葉に、間抜けな声が出た。
恭太さんは気にする様子もなく、そのまま踵を返して歩いて行ってしまう。
私は時間差で真っ赤に染まった頬を押さえながら、その場にしゃがみこんだ。
あんなの反則だ。
「……かわいいなんて、初めて言われた……」
お世辞なのはわかっていても、胸の奥が痛いほど熱い。
うつむいたまま私は、今のもやはどんな形をしているんだろうなんて、ぼんやりと考えていた。
※
「お姉ちゃん、なんかいいことあった?」
家に帰るなり、ソファに転がって漫画を読んでいるのどかに声をかけられた。
「え、なんで?」
「なんとなく?っていうか、顔がにやけてるし」
「べ、別ににやけてないし」
そう言ってそっぽを向いたのは、失敗だった。
私の態度により好奇心を刺激されたらしいのどかが、にやにや笑いながら近づいてくる。
そして私の顔を覗き込んで「赤くなってるー。図星じゃん」なんて言って、頬を突っついた。
「っていうか、今日どこに行ってたの?」
「別に、ちょっと買い物」
「何を?何も買ってないじゃん」
「……ほしいものがなかったの」
今日ののどかは、ずいぶんしつこい。
すぐに部屋に退避しようと思ったのに、がっしり腕をつかまれてしまった。
「逃げるなんてますます怪しい~」
「怪しくない」
「あ、わかった!デートだ」
「は?デートなんてしないし」
思わぬ発想に、素になって否定する。
「相手は雪くん?」
「ちょ、なんで雪成?!」
「だってお姉ちゃんの仲いい男の子って、雪くんくらいしかいないじゃん」
「雪成とも仲良くない」
腕をはらって、足早に自室に戻る。
のどかは不満そうな声を出していたけど、追いかけてはこなかった。
恭太さんの「かわいい」って言葉だとか、のどかの「デート」発言だとか、雪成の顔とかがどんどん浮かんできて、私はまた頭を抱えてしゃがみ込んだ。
頬だけじゃなく、耳まで燃えるように熱かった。




