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「それじゃ、またいつでもおいで」


「はい!」



 軒先まで見送りに来てくれたマスターが小さく手を振ってくれたので、会釈を返す。

 恭太さんは駅に向かうそうなので、バス停まで並んで歩いた。

 恭太さんはおしゃべりなタイプじゃないみたいで、道中はほとんど無言のままだったけど、今度は歩調をあわせてくれた。



「じゃあ、気を付けてね」


「ありがとうございます」


「あ、そういえば」



 別れ際、恭太さんが私の目を覗き込むようにして言った。



「あの人、付き合ってる人いるから」


「あの人……マスターですか?」


「そ。一応」



 そんなに見惚れていただろうかと思いつつも、どう返していいかわからずにあいまいに笑った。



「あの人、あんな見た目で物腰がやわらかいでしょ?」


「ああ……モテそうですよね」


「変にその気にさせちゃうから、困ったもんだよ」


「……大丈夫です。私こんなんだから、恋愛とか考えたこともないし。でも、忠告ありがとうございます」



 自虐めいた私の言葉に、恭太さんは首を傾げた。

 そして不思議そうに続ける。



「それはそれ、これはこれでしょ?霧山さん、普通にかわいいと思うよ」


「……へっ!?」



 思わぬ誉め言葉に、間抜けな声が出た。

 恭太さんは気にする様子もなく、そのまま踵を返して歩いて行ってしまう。

 私は時間差で真っ赤に染まった頬を押さえながら、その場にしゃがみこんだ。


 あんなの反則だ。



「……かわいいなんて、初めて言われた……」



 お世辞なのはわかっていても、胸の奥が痛いほど熱い。

 うつむいたまま私は、今のもやはどんな形をしているんだろうなんて、ぼんやりと考えていた。





「お姉ちゃん、なんかいいことあった?」



 家に帰るなり、ソファに転がって漫画を読んでいるのどかに声をかけられた。



「え、なんで?」


「なんとなく?っていうか、顔がにやけてるし」


「べ、別ににやけてないし」



 そう言ってそっぽを向いたのは、失敗だった。

 私の態度により好奇心を刺激されたらしいのどかが、にやにや笑いながら近づいてくる。

 そして私の顔を覗き込んで「赤くなってるー。図星じゃん」なんて言って、頬を突っついた。



「っていうか、今日どこに行ってたの?」


「別に、ちょっと買い物」


「何を?何も買ってないじゃん」


「……ほしいものがなかったの」



 今日ののどかは、ずいぶんしつこい。

 すぐに部屋に退避しようと思ったのに、がっしり腕をつかまれてしまった。



「逃げるなんてますます怪しい~」


「怪しくない」


「あ、わかった!デートだ」


「は?デートなんてしないし」



 思わぬ発想に、素になって否定する。



「相手は雪くん?」


「ちょ、なんで雪成?!」


「だってお姉ちゃんの仲いい男の子って、雪くんくらいしかいないじゃん」


「雪成とも仲良くない」



 腕をはらって、足早に自室に戻る。

 のどかは不満そうな声を出していたけど、追いかけてはこなかった。


 恭太さんの「かわいい」って言葉だとか、のどかの「デート」発言だとか、雪成の顔とかがどんどん浮かんできて、私はまた頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 頬だけじゃなく、耳まで燃えるように熱かった。

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