22 喫茶店
「霧山さん」
病院からの帰り道、ふいに後ろから声をかけられて振り向くと、さっき別れたばかりの恭太さんが立っていた。
何か忘れ物でもしただろうかと頭を巡らせていると「このあと時間あるかな?」と訊ねられた。
「大丈夫……ですけど」
「よかった。もう少し付き合ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「えっ!は、はい……」
予想外のお誘いに、思わず声がひっくり返る。
しかし恭太さんはかまわず、私の隣に並んだ。
「近くに知り合いの店があるんだ。奥の方の席なら目立たないし、過ごしやすいと思うんだけど」
「はい」
「じゃあ、行こうか」
そのまま歩き始めた恭太さんを追いかけるように、歩みを進める。
恭太さんは特別背が高いわけじゃないけど、男女の体格差もあり、歩幅は私より断然広い。
スタスタと歩く恭太さんに置いていかれないよう、頑張って早歩きをする。
そうして10分ほど歩いたころ、恭太さんは一軒の喫茶店の前で足を止めた。
軽く息を切らしている私にようやく気付いたようで「早かったかな」と困った顔をしたので「大丈夫です」と首を横に振った。
「次はもう少しゆっくり歩くよ」
そう言って、ドアの取っ手に手をかける。
レトロな開き戸の先には、これまたレトロな内装。
まるで物語の世界に入り込んだようなお店だった。
「渋いでしょ」
「……雰囲気があって素敵です」
「古臭いの間違いだよ」
しれっとそういう恭太さんの肩に、誰かの手が重なる。
ちょっとびっくりしながら手の主に視線を向けると、口元は笑顔なのに目が全然笑っていない男の人が立っていた。
肩まで伸びた明るい金髪、首元に入った派手なタトゥー。
それだけ見たらイカツイ印象なのに、線が細くて甘い顔立ちをしているから、怖くはない。
「ちょっと、急に触らないでくれる?」
迷惑そうに、恭太さんが男の手を払う。
男は払われた手をさすりながら「虫じゃねぇぞ」なんて悪態をついた。
「っていうか、古臭いってなんだよ。趣があるって言えよ」
「事実でしょ。とにかく、奥の席使うからね」
男を軽くあしらって、恭太さんはズンズンと進んでいく。
そんな恭太さんを、男は仕方なさそうな顔で見て、肩をすくめて私に笑いかけた。
「いらっしゃい。初めまして、だよな?」
「は、はい」
「メニュー持っていくから、あいつについてって座っといて」
「はい」
ドキドキしながら店の奥に座ると、恭太さんは革張りのソファに座ってくつろいでいた。
薄暗い店内に、傘みたいな形の吊り下げ照明がシックな雰囲気を増長している。
その中でゆったりとくつろぐ恭太さんの姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。
「座らないの?」
ぼうっとしていると、恭太さんが首を傾げた。
同じ席についていいものかと一瞬悩んだが、あまり挙動不審だと怪しまれてしまうので、さっと腰かける。
「高校生はこんなお店来ないだろうし、緊張しちゃった?チェーン店の方がよかったかな?」
「いえっ!ちょっとドキドキしてるだけで、大丈夫です。むしろチェーン店は、人が多すぎてちょっと」
「そ?ならよかった」
恭太さんがそう言ったとき、テーブルの上にメニュー表が差し出された。
「うちは学生さんも多いよ」
「見たことないけど?」
「……お前も学生だろ」
そう言って、男は呆れたように笑う。
ただの店員と客にしては、ずいぶんと親しげだ。




