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20 読書と観察

 なにこれ。


 宝生さんから借りた本を読み進めながら、私の心臓はうるさいほど波打っていた。

 ふわふわした話し方の宝生さんが選ぶ本だから、ファンタジーとか恋愛ものとかだと思っていたら、まさかのホラー。

 しかも、しっかりグロかったり切なかったりで、作品ごとの雰囲気も大きく違う。


 怖い話なのに、続きが気になってどんどんページをめくってしまう。

 本はあまり読む方じゃないから、不思議な感覚だった。



「おもしろいでしょ?」



 いつの間にか書き終え、私を眺めていたらしい宝生さんが言う。

 勢い良く頷くと「ほかの作品も今度持ってくる」なんて言ってくれた。



「怖いけど、なんか読んじゃう」


「ね。しかもこれ、もう20年以上前の作品なんだよ。うちのママがこういう系の本好きでさ、家にいっぱいあるの」


「そうなんだ」



 宝生さんのイメージとは違ったのは、もともとお母さんの趣味だったからなのか。

 そう納得しながら、ちらりと本に視線を落とすと、宝生さんは笑って「キリのいいところまで読んじゃえ」と言ってくれた。

 お言葉に甘えて、今読んでいる短編まで読ませてもらった。


 ようやく本を閉じると、宝生さんは満面の笑みで私のことを見つめている。



「どうしたの?」


「ううん。かすみんが楽しそうでよかったなーって」


「あ、ごめん。つい夢中に」


「全然!それ今日置いていくから、あとでゆっくり読んで」


「……ありがとう」



 お礼を言うと、頭を撫でられてびっくりした。

 宝生さんはなんともないようだけど、人とのコミュニケーションがほぼ皆無な私にとって、同級生の女の子に頭を撫でられるなんて初めての経験だ。

 まあ、小春さんはしょっちゅう撫でてくれるけど。


 ちなみにさっきの短編集、オムニバス形式の映画にもなっているらしい。

 有名な俳優さんが当時子役として出演していたと聞いて、興味をそそられる。



「うちにDVDあるから、今度いっしょに観ない?私もまだ観てないんだよね」


「み、観たい!」


「じゃあ、次は映画観賞会だ!お菓子もいっぱい買い込もー!」



 ナチュラルに次の約束を取り付ける宝生さんに感心しつつ、にやけてしまった。

 こんなに楽しい休日なんて、いつぶりだろう。



「で、今日はこっちね。頑張って描いたよー」



 そう言って、宝生さんがノートを差し出す。

 そこには、びっちりと絵と文字が書き込まれていた。



「うわっ、絵うまっ」


「でしょー?褒めて褒めて」



 ノートの中には、私らしき人物とさまざまなもやの形が描かれていた。

 上の方へ立ち上がるようなもや。

 下へと広がるもや。

 全体的に丸みを帯びているもや。

 一見したらどれも変わらないように見えるけど、少しずつ異なる特徴が解説とともに描かれていてわかりやすい。


 じっと見入っていると、宝生さんが二つの絵を右手と左手でそれぞれ指さした。

 


「ちなみにこっちがわくわくしてるとき、こっちが怖がってるとき。読書中のかすみんを観察しながら描きました」


「え、さっきの?」


「そ。目は口ほどに物をいう、じゃなくて、もやは口ほどに物を言うって感じだったよ」


「なんか恥ずかしい……」



 思わず赤面すると、宝生さんはケラケラと楽しそうに笑った。

 そこに、コンコンとノックの音が聞こえると同時に、母が扉を開いた。



「ちょ、ノックと同時に開けないでよ」



 思わず突っ込むも、母は気にせず部屋に入ってきた。

 その手には、ジュースとケーキの乗ったトレイ。

 様子見がてら持ってきたというところだろう。


 楽しそうにしている宝生さんを見て、母はほっとした顔をする。

 そして「ゆっくりしていってね」とすぐに部屋を出て行った。



「ケーキなんていただいちゃっていいのかな?」



 宝生さんはそう言いつつも、キラキラとした眼差しでケーキを眺めている。

 おそらく母が慌てて近所のケーキ屋さんで買ってきたケーキ。



「多分、食べてくれたら喜ぶと思う。宝生さん、どっちがいい?」



 ケーキは2種類。

 いちごのショートケーキとチョコレートケーキ。

 宝生さんは眉間にしわを寄せ、たっぷり時間をかけて悩んだあと、パッと明るい表情になって言った。



「どっちもおいしそうだから、半分こってのはどう?」


「あははっ、名案!」



 そう言って、ケーキを半分ずつ分ける。

 小さなケーキが2種類並んで乗ったお皿を眺めながら、私は「半分こなんて、初めてだな」と感慨にふけっていた。

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