19 正と負
「かすみんのもやって、なんかアレみたいだよね。漫画の効果音?みたいな」
「漫画に音はないと思うけど……言おうとしてることはわかった」
「あれ、なんていうんだろね?キラキラしたりドーンってなったり」
そう言いながら、宝生さんは自分の手を動かす。
前々から思ってたけど、宝生さんが話すときに出る激しめのジェスチャーって、なんだかかわいい。
「どした?」
「あ、いや……」
余計なことを考えているときに顔を覗き込まれて、びくっとした。
私は気を取り直し、軽く咳ばらいをしてから話を戻す。
「落ち込んでるとき以外は、違う動きしてるの?」
「うん。例えば、ちょっと怒ってるかなってときは、上の方に広がってる気がする。あとは~、テンパってるとき?先生に急にあてられたときとか、全体的にぶわわわわわ!ってなってた」
「ぶわわわわって……」
感覚的すぎてイマイチよくわからず、苦笑いする。
「じゃあ、かすみんの家についたら、絵に描いてあげる」
「えっ……助かるけど、いいの?」
「もっちろーん。私結構絵には自信があるんだ」
そういって腰に手を当てて、胸を張る宝生さんを見ていると、自然と笑みが溢れる。
さっきまで心を支配していた劣等感が、薄れていくようだった。
※
「あらあらあらあら」
「おじゃまします!」
宝生さんを連れて帰ってきた私に、母がキラキラと目を輝かせている。
クラスメイトを連れてくると前もって話をしていたのに、この反応。
本当に連れてくるのか、内心疑っていたのかもしれない。
「宝生紅葉です。よろしくお願いします」
そういって宝生さんは、お行儀よくペコリと頭を下げた。
それを見てハッとした母が「うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」と宝生さんの手を握った。
その瞳にはうっすら涙がにじんでいて、私は慌てて宝生さんを自分の部屋まで引っ張っていった。
このままだと、母のマシンガントークにつかまりかねない。
宝生さんは気にした様子もなく、楽しそうにあとをついてきた。
ごく平凡……だと思われる私の部屋を、興味深そうにきょろきょろと見渡している。
「かすみんのお部屋、すっきりしてるね」
「そうかな?」
「うちは物が多すぎて、ごっちゃごちゃ」
宝生さんはそう言って、肩をすくめた。
でも私は、たくさんの好きなものに囲まれて楽しそうな宝生さんの姿が目に浮かんで、微笑ましい気持ちになった。
「あ、ご機嫌だ」
「え?」
「楽しそうなときは、ほわほわってしてる」
楽しそうなとき?
宝生さんに言われて、ハッとした。
嫌な気分になったとき、もやは確かに膨れ上がる。
楽しいときやうれしいときにはそんな顕著な変化は見られなかったけど、もやが消えることはなかった。
じゃあ、もしかしてもやは、正の感情でも増減する……?
私は机から新品のノートとシャーペンを引っ張り出して、宝生さんに差し出した。
「これに、私のもやの特徴、書いてもらってもいいかな?」
「いいよー。ちょっと時間かかっても大丈夫?」
「うん。よろしくお願いします」
「お願いされました!じゃ、かすみんにはこれ。どーぞ」
「へ?」
宝生さんが鞄の中から一冊の本を出して、私に手渡す。
どうやら小説……短編集らしい。
「私のお気に入り。待ってるあいだにどうかな?」
「あ……じゃあ、ありがたくお借りします」
「あはは!なんで敬語ー?」
友だちに何かを借りるなんて、初めてだ。
むず痒いような恥ずかしいような気持ちで、私は本に視線を落とす。
宝生さんが軽快にシャーペンを滑らせる音が響く中、そっとページを開いた。




