16 席替え
「う~……難しい……」
スマホの画面とにらめっこしながら、肩を落とす。
恭太さんに言われた通り、自分のもやを観察すること3日。
進捗は芳しくない。
すれ違いざまに舌打ちされたとき、見ちゃいけないものを見たかのように目をそらされたとき、誰かの悪意に晒されたとき。
そんなとき、もやが濃くなるのは予想通りだった。
もやの量や濃さの変化が顕著で、わかりやすかったから記録もしやすい。
悩ましいのが、それ以外のときだ。
お腹がすいたとき、眠たいとき、退屈なときなんかにもやの量が増えたような気がしたけど、違うタイミングでは増えていないように感じたりもする。
もやを計測してくれる機会があったら楽なのに、とため息を漏らした。
「かといって、誰かにみてもらうわけにもいかないしなぁ」
両親にはまだ、恭太さんのことは話していなかった。
病院から知らされるんじゃないかと思っていたけど、先生たちは私から家族に話していると思っているのだろう。
伝えた方がいいのはわかっているんだけど、母から期待と不安が入り混じった目で見られるのは、正直避けたい。
そうして思い悩んでいると、またもやが濃くなった。
これもわかりやすい。
私はスマホに記録を残して、ベッドに転がった。
わかる範囲でかまわないって言われたけど、こんなんで失望されたりしないかな。
胸の奥が、ちょっと痛んだ。
※
学校は、憂鬱。
このもやのせいで、友だちなんて一人もいない。
直接絡んでくる人はいないけど、遠巻きに避けられているのはよくわかる。
今日は席替えだ。
和気あいあいとはしゃぐ同級生たちを尻目に、私は隅っこの席になるよう祈っていた。
先生から離れた席がいいとか、そういう理由じゃない。
私の周りの席は、ハズレだから。
端っこの席になったら、ハズレ席を減らすことができる。
前に真ん中の席をひいたときは、大顰蹙だった。
もちろん表立って何か言われたわけじゃないけど「まじかよ」「ありえない」なんてひそひそ話す声はたっぷり聞こえてきた。
今回は端っこではないけど、一番後ろの席だからましな方だった。
次の席も、どうか……。
そんな私の願いが届いたのか、窓際の一番後ろというベストな席を手に入れることができた。
心の中でガッツポーズをしたが、それでも隣と前、ななめ前にはハズレ席が発生する。
申し訳なさを感じつつ、不運な同級生に視線を向けた。
「よろしくね!」
予想外に声を掛けられ、肩がはねた。
私に向かって、にっこりと笑顔を向けてくるその子は、確か宝生紅葉さん。
入学式の日の自己紹介のとき、きれいな名前だと思ったから記憶に残っている。
「よっ、よろしく」
思わず声が裏返ってしまった。
そんな私に「緊張しすぎー」とケラケラ笑ったので、また驚いた。
普段なら、相当机を話されるのに。
宝生さんはほかのクラスメイトと変わらない距離間で机を置いた。
前の席は、藤堂優夏さん。
彼女は私の想像通りの反応で、私のもやに近づくことをあからさまに怖がっている。
机をぎりぎりまで前に出して、少しでも私と距離をとろうとしていた。
斜め前の席は、今日は欠席らしい。
誰が休みだったのか把握していないけど、休み明けに自分の席の近くにいる私を見て嫌な顔をするんだろうな。
そう思って、心が沈んだ。
もやが増えたのを察して、とっさに瞑想に入る。
先生が何か話している途中だったけど、今はこれを抑えるのが先決だ。
しばらくすると、もやはずいぶん落ち着いてきた。
ほっとして軽くため息を吐くと、ふいに視線を感じて隣の席に視線を向ける。
宝生さんが、なぜかキラキラした眼差しで私を見ていた。
意味がわからず戸惑っていると「すっごいね」と 小声で声をかけられる。
「霧山さんのそれ、すっごいきれい」
「……へ?」
「今の、ぶわってなって、しゅるってなって、とにかくきれいだった」
「え?え?えっと……」
かけられた言葉の真意がわからずに口ごもっていると、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。




