142 センチメンタル
晴れて恋人同士になった私たちは、手をつないだままぶらぶらと歩いた。
もやは幸い収まったものの、気恥ずかしさからかどこかぎこちない空気が漂う。
いたたまれなさとどうしようもない高揚感
会話はほとんどないけど、心臓の音がやけにうるさい。
川辺りの道は休日だからか、夕方なのに人通りが少ない。
夕日に照らされた雲は紅に鮮やかに染まっていた。
ちらりと雪成を盗み見ると、目が合った。
思わず揃って顔を背ける。
繋いだ手はじっとり汗ばんでいて、不快なはずなのに離れがたい。
「今度さ」
ひとりごとのような声量で雪成が言う。
「デート行こ。どっか、映画とか遊園地とか、どこでもいいから。行きたいとこ考えといて」
「わ、わかった」
デート。
現実味のないワードにドギマギしながら、了承する。
そのまましんとした空気がしばらく続いたのち、唐突に背後からドサリとなにがが落ちる音がした。
なんの気なく振り向くと、口をあんぐり開けて固まってる父と、顔を背けて笑いをこらえている雨音さんが並んで立っていた。
咄嗟に繋いでいた手を離し、互いに距離を取る。
「プッ………クク、これは……おめでとう、かな?」
「おま、おま……え、今手を?手をつないで………?」
「あ~……おじさん、これはその」
「待って!待って待って、聞きたくない!まだ心の準備がっ……!」
「聞いてやれって~。どこの馬の骨かわからんやつとくっつかれるよりいーだろ。それにずっと時間の問題って感じだったしなぁ」
両手を耳にあてて首を振る父と対照的に、雨音さんはいかにも楽しそうだ。
わざわざ父を煽るようなことを言うあたり、父にとっては修羅場であろうこの場を大いに堪能する気らしい。
「やめろ、追い打ちをかけるな」
「結婚式には呼んでくれよ?」
「だからやめろって!!!!!」
顔を両手で覆っておいおいと泣き真似をする父の訴えを無視して、雨音さんは「約束な」と小指を立ててみせた。
まさか付き合って一時間足らずで親バレするとは思っていなかったが、怒涛の展開すぎて逆に笑えてくる。
「そういえば、今日は二人でどうしたんですか?」
雨音さんを真似て、父の様子がおかしいのには触れないことにした。
今日は父は早帰りの日だと言っていたはずだが、どうしてこんなところにいるのだろう?
すでに家に帰っていると思っていたので、不思議に思って首を傾げる。
「あぁ、ちょっと飲みに行こうかってことになってな」
「そうなんですか?」
「そう、向こうに帰る前にな」
ちょっと買い物に行ってくる、くらいの軽いノリで言うから、脳の処理に時間がかかってしばらく固まる。
雪成も隣で口をあんぐり開けていた。
「ーーえ、帰っちゃうんですか?!」
「長居した方だぞ?」
「それは……そうですよね……」
「ウィークリー借りる金もバカになんないだろ?こいつ全然金受け取ってくれないし」
雨音さんはこちらに来て少ししてから、滞在が長期になることを見越してウィークリーマンションへ腰を据えた。
マンションの契約名義は父、支払いももちろん父だ。
雨音さんは遠慮したそうだが、こちらの都合で引き留めているのだからと、父が譲らず、半ば強引に押し切ったらしい。
ちなみに「断るなら我が家に滞在させる」と息巻いてた。
互いに気を遣うことになるがいいのかと、脅しにならない脅しをかけているのが滑稽だった。
「なんだよ、さみしいのか?」
そう問われ、素直に頷く。
雨音さんは嬉しそうに微笑み、私と雪成の頭をわしわしと撫で回した。
「ありがとな。ま、次はのんびり観光にでも来い。案内してやる」
乱暴だけど、温かくて優しい手。
いっしょに過ごした時間は少なくとも、ずいぶんと頼りに思っていたのだと実感する。
「ま、今日はコイツのやけ酒につきあってくるわ。遅くなるから、お母さんによろしく言っといてくれよ。そんじゃ、あとはお若い二人で……つってな。よし、行くぞ!」
「いや待て、かすみを家に連れ帰ってから」
「野暮なことすんなって。ほらほら」
「ああああ~……」
雨音さんに引きずられるように父が遠ざかっていく。
私と雪成は顔を見合わせて苦笑した。
さっきまでのぎこちなさが嘘のように、普段通りの私たちでいられた気がした。




