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140 赤面

 どれほどゆっくり進んだとしても、歩みを止めなければいつしか目的地へたどり着く。

 その当たり前の事実が、今の私には酷だった。

 絶望的な気分で校門を睨みつけていると、私に気づいた雪成が軽く手を振る。



「遅かったな、連絡しようかと思ってた」


「あー、なんかぼうっとしてて」


「なんだそれ、危ねーぞ」



 眉を寄せた雪成の小言を適当に流しつつ、私の頭の中はほとんどが「やばい」で占められていた。

 何がやばいかって、主に視界の乱れが。

 いや、別に視界は乱れていないのだけど、困ったことになぜか雪成が輝いて見えるのだ。

 恋を自覚した代償かと戦慄する。



「なんか顔赤くね?」



 高い身長を折り曲げるように雪成が顔をのぞき込んでくるものだから「ひぇ」と情けない声が漏れた。

 今絶対変な顔をしてるから、そんなに近くに寄らないでほしい。

 私の同様になど気づかないのか「熱か?風邪でも引いた?」なんて呑気に話している。



「な、なんでもないっ……」


「そーかぁ?」


「練習は?どーだった?」


「だいぶ調子戻ってきた!」



 たまらず話を切り替える。


 一連の騒動でしばらく休部していた雪成は、数日前から復帰を果たしていた。

 休部中も自主練を続けていたおかげか、大したブランクはなさそうだ。


 ずっと練習を休ませていたことに罪悪感を抱いていたが、少し気持ちが楽になった気がする。



「あの、ごめっ……!」



 思わず口をついた謝罪の言葉を押しとどめるように、雪成が私のおでこを軽く弾いた。

 少しむっとした顔で「変なことを言うなよ?」なんて釘まで刺してくる。

 謝らせてもくれないなんてずるいと思いつつも、大人しく口を噤んだ。



「ふは、どんな顔だよ」



 複雑な心境が顔に出ていたのだろう。

 口元を押さえて雪成が笑う。


 あ、その顔好きだな。

 自然と想いが溢れる。

 雪成は少し目を見開いて、すぐにすごく愛おしいものをみるかのように細めた。



「顔だけ?」



 少し意地悪な物言いに、首を傾げる。

 急に何の話だろうとしばらく思案して、はっとした。

 さっき、声に出てた……!


 今さら手遅れだと知りつつも、両手で口を塞ぐ。

 じわじわと上がる体温に、もやがぶわりと溢れ、視界まで滲んでしまう。



「なにそれ。かわいーやつだな」



 雪成の手が、私のもやを愛でるように撫でる。

 あぁ、マスターの言った通りだ。

 今の雪成は、心の底からうれしそうな顔をしている。


 もうどうにでもなってしまえ、と勢い任せに雪成の手を握った。

 少し湿っているのは私の汗か、それとも雪成のそれか。

 恥ずかしくなってそらした視線を、握った手元に向ける。

 やがて確かな力で握り返され、私は覚悟を決めて顔を上げた。


 見つめあった顔は耳まで桃色に染め上がっている。

 きっと私はもっと赤い顔をしているんだろう。



「私、ユキが好き。大好き」



 思い切って告げると、雪成は目を丸くして黙り込んでしまった。

 顔はふいっと背けられ、握っていない方の手で覆うように隠される。


 まさかそっぽを向かれるとは思わなくて、握っていた手が緩む。

 でも雪成の手は強く握られたままで、つないだ手が離れることはなかった。

 雪成を見ていると、じわじわと顔の赤さが増していくのがわかった。

 首の後ろまで真っ赤に染まっていくのを見て、人間の身体ってこんなところまで赤くなるんだなんて場違いなことを思ってしまう。



「……お前さ……」



 そっぽを向いたまま、視線だけを私に向けた雪成が恨みがましそうに言う。



「いきなりは反則だって」


「え、なにそれかわいい」


「はぁぁぁ?!?!」



 思わずこぼれた本音に、雪成が真っ赤な顔をして叫ぶ。

 これもマスターの言うとおりだ。

 確かにグイグイ迫られるより、自分から攻める方がずっといい。

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