14 前向き
「よ!」
「ひゃっ!」
いきなり背中を軽く叩かれて、変な声が出た。
楽しそうな笑い声をあげている横暴なそいつの顔を、じとっと睨みつける。
「びっくりするからやめて」
「いいじゃん、いいじゃん」
私の非難も気にせず、雪成はくったくない笑顔を向けてくる。
病院で恭太さんと出会ってから、もう一週間が過ぎていた。
最近は瞑想にも慣れてきて、歩きながら心を空っぽにする練習をしていたところにこれだ。
もうちょっとで、心臓が飛び出るかと思った。
「今日機嫌いい?」
「は?最悪だけど?」
「でもそれ」
「……え?」
雪成が私のもやに触れながら言って、戸惑う。
まさかと思いながら「どういう意味?」と問いかけると、雪成はきょとんとして続ける。
「だってお前機嫌悪いとき、これすっごい出てんじゃん」
「……っ気づいてたの?!」
「は?ちょっと見てりゃわかるだろ?」
まさかの言葉に、口をあんぐりと開けて雪成を見つめる。
雪成は私が気づいていないとは思いもしなかったのだろう、あからさまに慌てた様子になって「え?え?」と繰り返してるのが、なんだかおもしろかった。
そんなにわかりやすかっただろうか?
でも、今までそれを指摘してきた人なんていなかった。
口にしなかっただけかもしれないけど、少なくとも両親は気づいていないはずだ。
「……実は」
気づくと私は、病院でのことを雪成に話していた。
同じもやが出る体質の人に出会ったこと、もやのコントロール方法を教えてもらえるようになったこと。
ついでに、その相手がすっごい美人な男の人だっていうこと。
雪成は途中まで興味深そうに話を聞いていたけど、話し終えるころにはなんだか機嫌を損ねたようだった。
どうしたのかと問いかけても「別に」としか返さない。
それでも、口を軽くとがらせて視線を逸らす仕草は、拗ねているときの雪成の癖のようなものだ。
大体いつも機嫌がいいやつなのに、急にどうしたんだろう。
そう思いながらも、突っ込むのも面倒でスルーすることにした。
「次は?」
「次?」
「次、いつその美人に会うんだよ?」
そっぽを向いたまま、雪成が問いかける。
「一応、来週また病院で会う予定」
「ふうん」
「あっ、わかった!美人が気になるんでしょ?」
「いや……まあ、気になるっていわれりゃそうだけど」
煮え切らない返答に、ようやく納得した。
いくら男の人だとはいえ、息を呑むほどの美人を私だけが見たことに、嫉妬しているのだろう。
ただ、私は知らない人に不躾にみられることへの嫌悪感をよく知っている。
雪成でも、興味本位で恭太さんを見に行きたいというのを受け入れることはできない。
同情の意味で雪成の肩をぽんぽんと叩くと、雪成はびくっと肩を揺らした。
スキンシップ過剰なくせに、自分が触れられる立場だと大げさな反応をするのなぜなのか。
それでも、ようやくそっぽを向いていた視線が戻ってきた。
「ま、頑張れよ」
「ありがと」
「協力できることがあれば、すぐ言えよ」
「……うん」
にっと笑った雪成は、私の背中をバシバシと乱暴に叩く。
「痛いってば!」
そう文句を言いながらも、なんだか雪成の手が温かく感じられた。
こんなに前向きな気持ちで日々を過ごせるのは、初めてかもしれない。




