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139 詐欺のような

「くくっ、いーこと教えてやろっか?」


「いいこと、ですか?」



 熱くなった頬を冷ますために手で顔をパタパタ仰いでいると、マスターがにんまり微笑んだ。



「そ、恭太もさ、もやがでるじゃん?」


「はい」


「でもあいつのはさ、いやーな気分のときにしか出ないの」


「……知ってますけど」



 何を当たり前のことを。

 そんな思いを込めて返せば、マスターは人差し指をピンとたてて私に向ける。

 お行儀は悪いが、嫌な気はしないのでそのまま耳を傾ける。



「と、言うことはだ」



 そう言って、マスターはたっぷりの間を挟んで続ける。

 なんとも得意げな顔だが、恭太さんがこの場にいたら華麗な蹴りが飛んでいるんだろうなと苦笑した。



「もやが出てない、イコール嫌がってないってこと!」


「……えっ……と?」


「あいつ素直じゃないからさ、俺がちょっかいかけるとすーぐ嫌だのうざいだの言うんだよ。まぁ本気で嫌がってるときもたまにあるんだけど、ほとんどはもやなんて出てこねーの」


「つまり……」



 マスターの言わんとすることを察してしまった。

 この人はただ、惚気たいだけだ。



「そ!ツンデレ可愛いってことだな。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?それに気づいてからほんっともう、俺、意外に愛されてんだなーって思って。だってあいつ、俺以外の奴に絡まれると割とすぐもや出すんだよ。ちょびっとだから周囲も気づかない程度なんだけど。でも俺は許されてる。そう思うともうたまんねーっていうか」


「本人が聞いたら怒りそうですね……」



 いかにも楽し気に体をくねらせているのが、ちょっと気持ち悪い。

 口にはしないけど。



「だからナイショな!でも、彼もそーだと思うぜ。だってこないださ、悠哉さんのとこでめっちゃもや出してたろ?あんときのあいつの顔見た?嬉しくってたまんないっつー満面の笑み!」


「えぇー?」



 まさかそこにつながるとは思わず、若干引いた声が出た。

 あのときは自分のことに精いっぱいで、じっくり雪成の顔を見る余裕なんてなかった。

 だからマスターの言う満面の笑みも、少し盛った話なんじゃないかと疑ってしまう。



「ま、慣れないうちは暴走するかもだけどさ、それもいい経験だって。大人しく降伏しとけ」


「降伏って……」


「それに先手必勝とも言うだろ?あいつにグイグイ迫られて動揺するより、自分からガンガン攻める方が余裕ができるかもよ?」


「うぅ……た、たしか……に……?」



 よくわからない理論に納得させられているのは、なぜなのか。

 まるで詐欺にでも遭っているみたいな、妙な気分だ。



「惚気はいつでも聞いてやるからさ!うちならもや出し放題!恋愛相談にもいくらだって乗ってやる」


「なんでそこまで」


「言ったろ。若者の恋バナ大好物だって」



 応援と言うより、娯楽の種にされている気がする。

 不満の意を込めて恨みがましい視線を送ると「健闘を祈る」とマスターは子どもみたいな顔をして笑った。





 変に言いくるめられた気がする。

 そう後悔しながら、私は学校までの道をトボトボ歩いていた。


 あのあとマスターに言われるがまま雪成に連絡した私は、部活終わりの彼と会うことになってしまったのだ。



『何してる?』


『部活。もうすぐ終わる。そっちは?』


『マスターのとこ。このあとひま?』


『暇。校門でいいか?』



 こんな短い言葉のラリーで約束が成立してしてしまうのだから恐ろしい。

 喫茶店を出る私の後ろ姿に「告白頑張れよ」なんていうとんでもない言葉をマスターは浴びせかけた。


 告白……告白って!

 いくらなんでも、こんな急に?

 混乱する頭で、そもそもなんて言えばいいんだろうと頭をひねる。

 シンプルに「好きです」とか?

 ちょっとひねった表現……は、思いつかないや。

 うまく回らない頭はすでにショート寸前だ。


 こんな状態で告白なんてしたら、黒歴史が確定していまう。

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