138 恋バナ
そのまましばらく、とりとめのない話を続けた。
学校がどうだとか、最近食べたあれがおいしかっただとか、この前観た映画がどうとか。
きっと普通の人にとってはなんてことのない話なのだろうけど、私にはそんな会話ができる相手はほとんどいなかったから、すごく楽しい。
サービス、と差し出された焼き菓子もおいしかった。
マスターお手製のチーズクッキー。
甘じょっぱいクッキーは口の中でほろほろと崩れていく。
やがてコーヒーカップの底が見えてきた頃、マスターが「ところでさ」とにんまり笑った。
「はい?」
「彼とはどーなの?」
「彼って……」
「もう付き合った?!」
予想外の質問に、思わずゴフッと咳込む。
残り少ないコーヒーがもったいないと思う余裕もなく「ちょ……」と焦った声が漏れた。
「いいじゃんいいじゃん。お兄さん、若者の恋バナ大好物よ?」
動揺している私を見て、マスターは心底楽しそうだ。
私は頬が上気するのを感じながら「そんなにあからさまでした?」と仏頂面で問いかけた。
「んー、まぁ、ほとんどの人が気づきそうな感じ?」
「うーあー」
「はははっ、照れんな照れんな!」
わかっている、いい加減自覚するべきだろう。
そう思いつつも、声にならない声を上げてしまうのは、恋というものが自分とは別世界の概念だと思っていたから。
あと単純に、めちゃくちゃ恥ずかしい。
そばにいると安心する。
でもドキドキして、心許ない気分になる。
この気持ちはまぎれもなく、恋と呼んで然るべきものなのだろう。
「な、堕ちるもんだったろ?」
「抗いようがなかったです……」
得意げに言うマスターに、私は諦めて苦笑した。
それでも、気持ちを伝えるかどうかはまた別の問題だ。
そう答えると、マスターは目をまん丸にした。
「え、告んねーの?」
「むりです」
「なんでよ?めちゃくちゃ牽制してたし、絶対オッケーしてもらえるって」
「いやいやいや」
確かに今までの雪成の態度からして、まったくの脈ナシってことはないと思う。
でも彼からの好意が恋愛どうこうっていう自信はない……いや、今から付き合ってもいいとか言ってたな。
改めて思い出すと顔が煮えたぎるように熱くなっていく。
純粋な他人からの好意、それも恋情を向けられることなんてありえないと思っていたのだ。
死にそうなほど脈打つ心臓をどうにもできないのは、仕方がない。
何より、恋人だとか彼氏だとか、そんな関係に進展してしまったら自分がどうなるかわからないのが一番の悩みの種だ。
ただでさえあの秘密基地で、ばかみたいにもやを噴出させてしまった。
これから関係が進む度にあんなことになっていたら、私も周囲も耐えられない。
「でてるでてる」
指摘されて慌ててもやを抑える。
足元にスモークを焚いたみたいになってた。
やっぱりだめだ。
「難儀な体質だなー。ポーカーフェイスもできないじゃん」
からかうような口調でマスターが言う。
私はちょっと口を尖らせながらも同意する。
「そうですよ……四六時中もくもくしてたら、また変な目で見られちゃいます」
「あはは、可愛くていーじゃん」
「どこかですか!」
軽く笑い飛ばすマスターに文句も言いつつも、一切嫌悪感を示されないのがありがたい。




