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134 隠し事

「かすみちゃん」



 いたずらっぽい顔をした小春さんが、ひょこっと私の顔を覗き込んできた。

 驚いて思わず肩を揺らすと、満足げに笑う。

 私はイヤホンを外してケースにしまいながら、平然を装って「順番きました?」と問いかけた。



「ごめん、それはまだ」


「ですよね」



 予想通りの答えに苦笑する。

 普段はこの倍以上は待たされることだってざらだ。

 万が一……と一縷の望みをかけていたが、叶わなかったらしい。



「少し話がしたいなって。大変だったんでしょ?」


「はい、それはもう、ほんとに」


「あはは、じゃ、あっちで話そっか」



 小春さんに促されて、別室へ移動する。

 このところよく利用している会議室だった。



「込み入った話もあるだろうし、ここの方がいいかと思ったんだけど、よかった?」


「はい。ありがとうございます」


「ううん。はい、どーぞ」



 特別ね、と笑って、小春さんがジュースを手渡してくれた。

 紙パックに入った果汁100%のりんごジュース。

 小さいころ好きだったな、と懐かしくなる。



「私も、小春さんとお話ししたかったです」



 ジュースに視線を落としたまま、私は言った。

 小春さんがどんな顔をしているのか気になったけど、なんとなく顔を上げられなくて、無駄にジュースの成分表示を眺める。



「そうなの?うれしい」


「……小春さんに、聞きたいことがあって」


「えー、なんだろ。なんでも聞いて」



 ちらりと視線を上げると、小春さんはいつもと変わらない顔で笑っている。

 お日様みたいな、あったかい表情。


 小春さんは、いつだって正しくて真っ当な人だった。

 正義感が強くて、思いやりにあふれていて、かわいそうな人には惜しみない同情を与える。

 その憐憫が私の心を苛むことも多かったけれど、それでも人として、小春さんは尊敬に値する人だ。


 だから、信じられなかった。

 今でも私の問いかけに「なんのこと?」と首を傾げるんじゃないかと期待している。



「どうして黙っていたんですか?」



 背筋をぴんと伸ばし、まっすぐ小春さんを見据えて訊ねた。

 小春さんは少しだけ目を見開いて、困ったように微笑んだ。

 それだけで、明確な意図を持って隠し事をしていたのだとわかってしまった。


 悠哉さんに渡された一族の関係者リストの中に見つけた、小春さんの名前。

 同姓同名の別人だと思ったけど、本人で間違いないと断言された。



「誤魔化しちゃダメかな?」



 眉を下げて、小春さんが問いかける。

 その緊張感のなさがおかしくて、ちょっとだけ笑ってしまった。



「だめです」


「だめかぁ」


「観念してください」



 きっぱりと言い放つと、小春さんは口元に手を当てて「ふふっ」と笑った。

 小春さんは私から目をそらさない。

 誤魔化したいと言ったのに、本当は話したくて仕方がないみたいだ。



「私はね、あなたのことが好きなの」



 一見脈絡なく感じる台詞に、次は私が目を丸くする番だった。



「えっと……」


「あ、告白とかそういう意味じゃないからね」


「わかってます」



 全然シリアスなムードにならない。

 それがありがたくもあり、もどかしくもあった。

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