133 あれから
早いもので、あれからもう1週間が過ぎた。
父の元にはこまめに悠哉さんから連絡が届く。
先日は最後の残党をとらえたと報告を受けたそうだ。
正直、一族にかかわりのある人間は少なくない。
それをひとまとめに拘束できる悠哉さんに恐怖しつつも、法的に大丈夫なのかと思ってしまう。
悠哉さんは「警察は民事不介入だから」なんてのんびりした口調で話していたが、拉致監禁は民事じゃなくて刑事なんじゃないかな。
よく知らないけど。
それでも一族は裏でいろいろと悪いことをしていたそうで、警察に行こうという発想にはならないんじゃないかと父は言う。
それは、一族に加担していた警察官も同じく。
紅葉ちゃんのお父さんにしたような虐待まがいのことだけでなく、表に出せないようなお金なんかもため込んでいたみたい。
詳細は大人になってからだと誤魔化されたけど、多分私の考える数倍は悪いことをしていたのだと思う。
そうでなければ、あんなに慣れた調子で誘拐なんてできやしない。
紅葉ちゃんのお母さんも、悠哉さんの会社の地下に拘束されている。
あれからすぐに、紅葉ちゃんはお父さんといっしょに会いに行ったらしい。
よほど怖い目に遭ったのか、紅葉ちゃんのお母さんは支離滅裂な言動を繰り返していたそうだ。
粘り強く話を聞いてわかったのは、自分の不幸の原因は娘と夫にあると考えていること。
憎しみに染まった顔で罵詈雑言を浴びせられて「諦めがついた」と紅葉ちゃんは笑った。
紅葉ちゃんのお母さんにとって一番大切なのは、家族じゃなくて一族だったんだって。
お母さんの好きな本の話を楽しそうにしていた頃の紅葉ちゃんを思い出して胸が痛かった。
話し終えた紅葉ちゃんを抱きしめて、ふたりでちょっとだけ泣いた。
紅葉ちゃんはお父さんといっしょに、悠哉さんの会社の寮に入っている。
紅葉ちゃんのお父さんは、悠哉さんの会社の社員になるらしい。
監視のためだと言ってたけど、集落での仕事を失って生活に困るであろうふたりを心配してのことだというのはすぐにわかった。
悠哉さんは冷酷な人だけど、情のない人ではないと、恭太さんがこっそり教えてくれたから。
ちなみに悠哉さんの会社は、福利厚生の手厚い超ホワイトな労働環境だという。
集落時代との落差に、紅葉ちゃんのお父さんは「この程度の働きで給金をもらっていいものか」と本気で考え込んでいたと、紅葉ちゃんが笑っていた。
それを父に話すと、父は遠い目をして「羨ましい……」と呟いていたので、聞かなかったことにした。
今日は、久しぶりの定期健診だ。
通いなれた在原大学病院の待合室に腰を下ろして、すでに1時間が経つ。
以前はこの待ち時間が耐え難いほど嫌いだったけど、最近ではもやをずいぶんと抑えられるようになったから、心が軽い。
目を凝らさなくてはわからない程度のもやを見咎める人はほとんどいないし、待合室にちゃんと溶け込めているはずだ。
前はただただ絶望的な気分でここに座り、外界を遮断するためだけにイヤホンを身に着けていた。
今では、穏やかな気持ちで好きな音楽に耳を傾けることができる。
それがいかに幸福なことか、きっと私以外の人には真に理解してはもらえないだろう。




