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132 労い

「かすみん!」



 紅葉ちゃんにぎゅっと抱きしめられた。

 柔らかな感触を受け入れつつ、紅葉ちゃんの背中に腕を回す。


 無事でよかった。

 そう呟くと「こっちのセリフだよ」と紅葉ちゃんが笑った。



「大丈夫だったの?」


「うん。雑魚しかいなかったから、ぜーんぜん」


「雑魚って」


「あっ!えと、その、そんなに強くなかったっていうか、なんか勝てちゃったっていうか?」



 なぜか慌てて弁明しようとする紅葉ちゃんに、思わず吹き出す。

 この前からうすうす感じていたが、紅葉ちゃんの戦闘力の高さに私が怯えると思っているのだろうか。

 驚きこそすれ、怖がるはずがないのに。



「いやいや、すごかったぜ。自分より一回りも二回りも大きい男を片手でぶん投げてたし」


「ちょ、山倉くん!!」


「っていうか、もや?あれってあんなピンポイントで出せるもんなんだな。うまいこと目くらましに使ったりして、場慣れしてる感がやばかった」


「も~!かすみんには内緒にしてって言ったのに!」


「いや、あの感動は伝えるべきだろ」



 想像よりも派手に暴れてきたらしい紅葉ちゃんは、必死に雪成を口止めしようとしていたが、あまりにもべらべらとしゃべるので大慌てだ。

 恐る恐るといった様子で視線を向けられたので「すごいかっこいい!」と答えると、ぱぁっと笑顔になった。

 こんなにかわいいのに、めちゃくちゃ強いなんて反則だ。


 もやの上手な使い方、今度教えてもらおう。

 そんなことを思っていると、近くに複数のワゴン車が停まった。


 いまだ地面に倒れている人たちをみて、通報されたらかなりヤバい状況なんじゃないかと、今さらながら焦る。

 しかしワゴン車から降りてきた人たちは気にした様子もなく、慣れた手つきで倒れている人たちを車に乗せていく。



「え、あの人たちは……」


「おじさんの会社の人たち。このまま会社に連れてって尋問して、教育していくんだって。集落の関係者の洗い出しなんかも必要だし」


「な、なるほど」



 さらっと言っているけど、なかなか怖い話だ。

 やっぱりあの会社、普通の会社じゃないんだな。


 なんとも言えない気分で、老紳士が車に乗せられる様子を眺める。

 抵抗する気力もないらしく、なされるがまま、大人しく連行されていく。


 ぼうっとする私の顔を、恭太さんが屈んでのぞき込んできた。

 唐突な美人のアップに心臓を鷲掴みにされていると、恭太さんはふっと微笑んだ。

 そしてそっと頭を撫でられる。



「今まで、よく頑張ったね」



 じんわりと心に沁みるような、柔らかな声だった。

 じわりと視界がゆがんだと思ったら、雫が頬を伝う感触がした。

 手の甲で涙をぬぐいながら、私は自分が笑っていることに気付いた。


 これで終わったんだ。

 そう思うと、どこかに駆け出していきたいくらいうれしくてたまらない。


 たくさんの手が、代わる代わる頭や肩や背中に触れていく。

 涙で滲んだ視界では、どれが誰の手がわからないけど、どれも温かくてひどく優しい。

 泣き笑いしながら、拭っても拭っても絶えず溢れてくる涙をぬぐい続けた。

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