131 一刀両断
焦点の合わない瞳がうろうろと彷徨い、やがて私をとらえた。
老紳士は藁にも縋るように、私を見上げて懇願する。
「か、かすみ……!お前は優しい子だからわかってくれるだろう?この哀れな年寄りを助けると思って、どうかいっしょに来ておくれ。そうすれば、何一つ不自由のない暮らしを約束しよう。な?な?」
「え、絶対いやですけど」
間髪入れずに帰すと、老紳士は「はぇ?」と呆けたように口を開けた。
しばらく呆然としていた老紳士は、はっとして引き攣った口角を引き上げる。
「今までお前の父が邪魔をしていたせいで顔を合わせることはできなかったが、私はお前のおじいちゃんなのだぞ。かわいい孫よ、今まで叶わなかった分、ともに」
「だから嫌ですって。絶対に嫌」
「な、な、なぜ……。なぜそのようなひどいことを……」
心底理解できないという顔で、老紳士は私を見る。
理解できないのは、こちらの方だ。
そう思うと、言葉が次々とあふれだしてくる。
ついでに言うと、もやも。
今日はずいぶんとたくさん出しているのに、まだまだとめどなく溢れてくるのだから困ったものだ。
「あなたたちの勝手な都合で、私の大切な人たちを散々苦しめておいて、よくもそんなことが言えますよね。……私は絶対にあなたたちのところになんていかないし、二度と顔を合わせたくもありません。そもそも、あなたたちが不幸になろうがどうだっていい」
「そ、そんなことを言わず……」
「あなたたちなんてだいっきらい。金輪際、私たちに近づかないでください」
きっぱりと言い切ると、老紳士はがっくりとうなだれた。
何を言っても無駄だと察したのかもしれない。
惨めにへたりこんでいる老紳士を見ていても、やはり心は痛まなかった。
「学校……」
うなだれたまま、老紳士がぽつりと呟いた。
「学校?」
問い返すと、小さく頷く。
「学校がどうしたんです?」
「あの裏切り者の小娘……あれを始末させる人間を忍ばせている。もう手遅れだろうが」
そう言って私を見上げた老紳士は、気味の悪い笑みを浮かべていた。
一気に血の気が引く。
眩い笑顔の紅葉ちゃんの姿を思い出し、とっさに振り向いて駆け出す。
そんな私の手を、恭太さんがそっと握って引き留めた。
「は、離してください!」
「そんなに慌てて走ったら転ぶよ」
「転ばないように気を付けますから!」
「うーん……それでもだめ」
困ったような口ぶりで言うのに、まったく困っているような顔をしていない。
腕を振りほどこうともがいても、びくともしない。
強い力で掴まれているわけでもないのに。
「あー、落ち着け落ち着け」
そう言って、マスターが私の背中をぽんぽんと叩いた。
そして恭太さんの頭を小突こうとして蹴りを入れられている。
「いって!」
「なにするの」
「なにもしてないだろ!」
「しようとしたでしょ」
悪びれる様子のない恭太さんは、校門へ続く曲がり角を顎で指す。
促されるまま視線を向けると、困ったように笑う紅葉ちゃんと雪成が覗いていた。
「……あれ?」
呆けていると、恭太さんが「もういいよ」と二人に言う。
それを合図に、ふたりともこちらへ駆け寄ってきた。
掴まれていた腕はすでに解放されていたが、私は茫然と立ち尽くしたまま、やってくる二人を見ていた。
私の足元では、老紳士が「なぜ」「どうして」と繰り返していた。
同じ気持ちでいながらも、虚ろな顔をしている老紳士とは裏腹に、私の頬は緩んでいく。




