13 瞑想
「まずは、瞑想でもしてみようか」
「瞑想……ですか?」
予想外のワードに戸惑っていると、恭太さんはこくりと頷いた。
「瞑想ってしたことある?」
「いや……」
「だよね。胡散臭いしね」
さらりと図星をさされてしまった。
口にはしなかったけど、瞑想って目を瞑ってぼうっとするあれのことだよね?
正直、そんなことをしたところでこのもやが消えるとは思えない。
「瞑想って具体的にどうすればいいんですか?」
「まあ、やり方はいろいろあるみたいだけど、僕が教わったのは呼吸に集中する方法だね」
「呼吸?」
「そう」
まずは、椅子に座った状態で背筋を伸ばし、足の裏をぺったりと床につける。
背もたれにはもたれず、両手は膝に乗せたまま力を抜く。
姿勢が整ったら、次は呼吸。
鼻から吸い、口からゆっくりと出すのだそうだ。
「大事なのは、いろんな考えが浮かんできても、気にせず呼吸だけを意識すること。まずは3分、やってみようか」
「は、はい……」
「じゃあ、僕らもいっしょにしようかな」
そう提案したのは、先生だった。
私の不安を察してくれたのか、それとも瞑想に興味があるのかはわからない。
でも、みんなに注目される中一人で瞑想するのは恥ずかしかったから、先生の提案はありがたかった。
瞑想は目を閉じなきゃいけないものだと思っていたけど、軽く目を開けていてもいいらしい。
ただ目の前の席に座っている恭太さんが気になっちゃうから、私は目を閉じることにした。
天井から糸でつるされているかのように、背筋をピンと伸ばして、胸を開く。
そして体の力を抜いて、ゆっくりと呼吸に集中する。
言葉にすると簡単なのに、つい「上手にできてるかな?」「姿勢崩れていないかな?」「変な顔してないかな?」なんてくだらないことばかり考えてしまい、心が乱れる。
もやもやした気持ちのまま瞑想に取り組んでいたが、呼吸を繰り返すうちに、なんだかどうでもよくなってきた。
眠る直前のような心地よい感覚に酔いしれていると、ピピピピピと甲高い電子音が響いた。
「どうだった?」
「……どうだったんでしょう……」
瞑想していたのか、居眠りしそうになっていたのか、正直自分でもよくわからない。
煮え切らない私の返事に嫌な顔をすることもなく、恭太さんは手に持っていたスマホを画面を私に向けた。
画面の中には、瞑想中の私。
恭太さんは「すぐに消すから安心してね」と前置きして、動画の再生ボタンを押した。
画面の中の私に周りには、いつものようにもやがまとわりついている。
もやは煙のように揺らめきながら、少しだけその濃さを増した。
しかし時間が経つにつれ、もやの広がる範囲が徐々に狭まっていくのがわかった。
もやは消えたわけじゃない。
それでも、動画の始めと終わりでは、そのもやの量は雲泥の差だ。
そうしてまた電子音が響き、画面の中の私が目を開けると、もやはまた元通りになった。
「興味深いね」
食い入るように画面を見つめながら、先生が言った。
「動画を資料として提供してもらうことは可能かな?」
「彼女が了承するなら」
「いいかな、かすみちゃん?」
「は、はい」
私が頷くと、先生は「ありがとう」と笑った。
「瞑想を始めたときは、戸惑いや不安な気持ちが強かったのかな?だから、もやの量が増えた。でも時間の経過とともに状況に慣れ、心がフラットな状態になることで、もやの減少につながった。……この考え方で、あってるかな?」
先生の見解に、恭太さんは「おそらく」と頷いた。
「心をフラットな状態にするのは、日常生活では難しい。でも心をフラットにするプロセスを身につけておけば、ふいに心が揺れ動いたときに、もやを垂れ流し続けなくても済む」
「恭太さんも、子どものころから瞑想を?」
「まあね。伯父に言われて、毎日してたよ」
「それでもやを完全にコントロールできるようになったんですか?」
食い気味に質問を繰り返す私に、恭太さんはふっと微笑んで首を横に振った。
「ほかにもいろんなことをしたけど、まずは瞑想から。いきなりいろんなことを実践するのは難しいでしょ?まずは日常の隙間時間に瞑想を繰り返して、心をフラットにする感覚を身に着けてごらん。続きはまた、そのあとにね」
「……はい」
そうして、若干のもどかしさを抱えつつも、初回のトレーニングは終了した。




