129 浄化
私が生まれて半年したころ、曾祖父母が相次いで病死したという。
ふたりとも持病はなかったのに、あっというまに衰弱して息を引き取ってしまった。
さらに事業の経営がうまくいかず、資金繰りに苦労しているらしい。
追い打ちとなったは、数年前に集落を襲った豪雨災害。
幸い死者はでなかったが、建物の被害は大きく、より金銭的に厳しい状況に陥ってしまったそうだ。
「全部全部全部貴様らが招いたこと!不運の連鎖を断ち切るため、この子を直ちに浄化し、神域へ住まわせねばならんのだ!」
「浄化、ですか……」
「ああ、そうだ!世俗との縁を断ち切り、禊を受けさせる必要がある」
「禊」
「集落の奥に滝があるだろう。あそこは神聖な場所でな、三日三晩滝行を執り行うことにより、身に染みついた穢れを祓うことができるのだ」
うわぁ、うさんくさ。
思わずドン引きしてしまう。
そもそも三日三晩も滝行なんて、到底続けられるはずがない。
「何を言っているんです。あそこは勢いが強いし、滝壺も深い。とてもじゃないが、長期間滝行を行える場所ではありません。溺れでもしたら、命にかかわります。あなた方だって、かすみを喪うのは不本意でしょう」
「なぁに、心配はいらん」
呆れる父に、老紳士はにたりと薄気味悪く笑った。
「溺れぬよう、すでに対策はとってある」
「対策?」
「ああ、川にしっかりとした柱を打ち立ててある。あそこに縛り付けておけば、流される心配はなかろう」
名案であるかのように自信満々に語る老紳士に、背筋がぞくりとした。
川に建てられた太い柱に括りつけられ、頭から滝の水を受け続ける自分を想像してしまった。
まるで人柱だ。
そうして寒さに凍える私を見て、見知らぬ老人たちがほくそ笑むだなんて、考えたくもない悲劇だ。
私を老紳士から遠ざけるように、マスターが間に入った。
自分の身体が震えていることに気付いて、私はマスターの大きな背中に隠れる。
「ふざけるな」
唸るような父の声が聞こえた。
「人の娘をなんだと思っている!!」
「お前の娘ではない。一族を導く神に選ばれし存在なのだ」
「馬鹿なことを……っ!一族がどうなろうと、娘を差し出すことなど未来永劫ありえない。……それに」
「それに?なんだ」
「今頃、集落の方も制圧が完了しているはずだ」
低い声で放たれた父の言葉に、老紳士は「は?」と気の抜けた声を漏らした。
父は老紳士を一瞥し、ズボンの後ろポケットからスマホを取り出す。
数回画面をタップすると、コール音が鳴り始め、すぐにプツリと音を立てて止んだ。
『もしもーし』
間延びした声が響く。
スピーカーモードにしているのだろう、少し離れた位置にいる老紳士にも、クリアに音声は聞こえるはずだ。
「そちらはどうですか?」
『滞りなく』
「こちらも予定通り、制圧が完了しました」
じろりと父に睨まれ、老紳士が一歩後ずさりをする。
誰なんだ、と小声で呟いた声は、わずかに震えていた。




