127 拘束と衝撃
老紳士はしきりに「申し訳ない」と繰り返し、先生は「お気になさらず」なんて言っている。
案内をしているのは私なのに。
ちょっとムッとして、なんでこの先生が人気なんだろうなんて考えてしまう。
顔だけよくても、性格が破綻していてはどうしようもないのに。
普段はうまく隠しているのか、今日だけ様子がおかしいのかはわからないけど。
曲がり角に差し掛かったところで雪成に視線を向けると、不安げな顔をしていた。
私は小さく手を振りながら、足を進める。
そのときだった。
私の後ろから大きな手が伸びてきて、口元をがっしりと覆った。
先生の手だ、と思ったときには、身体までがっちりと拘束されていた。
「んんっ!」
身をよじってもがいたが、体格差が大きすぎてびくともしない。
口と鼻を塞がれて、呼吸が苦しい。
視界が涙で滲んだ瞬間、ぶわりともやがあふれ出たのがわかった。
濃いもやに包まれても、先生はまったく意に帰さない。
そのまま体を持ち上げられて、私は足をじたばた動かした。
無理な体勢で持ち上げられているから、身体が軋んで痛い。
息苦しくて、意識が遠のいていく中、唐突に強い衝撃を受けた。
衝撃に合わせて、先生の拘束が緩み、身体が投げ出される。
痛みを覚悟して目をきつく瞑った。
地面にたたきつけられる感触の代わりに、誰かに抱きとめられる。
安堵する間もなく、肺に酸素を取り込むために必死に呼吸をしたら咳込んでしまった。
咳が落ち着いても荒い呼吸を繰り返す私の背中を、誰かがさすってくれる。
大きな手のひらは温かくて、涙が一滴こぼれた。
「おい!危ねぇだろうが!!」
「うるさいな。ちゃんと受け止めたんだから別にいいでしょ」
「俺が受け止め損ねてたらどうすんだよ!」
「そんなへましないでしょ」
「え?いや、まぁ、しねぇけど」
緊張感のないマスターと恭太さんに、思わず笑ってしまった。
大丈夫かと問われ、こくりと頷く。
どうやら、恭太さんが先生を思い切り蹴飛ばしたらしい。
そしてマスターが、先生に巻き込まれる形で倒れそうになった私を支えてくれたのだ。
改めて至近距離にマスターの顔があることに気付いて、とっさに距離をとる。
そしておそらく涙や鼻水なんかでぐちゃぐちゃになっているであろう顔を、袖口でごしごしと拭った。
「そ、そんなに勢いよく離れなくてもよくね?」
「え、あ、す、すみません。とっさに」
「とっさに?別にセクハラとかじゃないからな?!」
両手をあげて無罪を主張するマスターに、恭太さんが「何馬鹿なこと言ってんの」とため息をつく。
私も「思ってません」と笑うと、マスターは安堵したように肩を撫で下ろした。
「な、なんなんだお前たちは!!」
和やかな空気を壊すように、先生が叫ぶ。
恭太さんの蹴りがずいぶん強かったのか、腰のあたりをしきりにさすっていた。
「なにって……そっちこそ何なの?教師のくせに、生徒に何しようとしたわけ?」
呆れたような恭太さんの声に、先生が青筋を立てた。
今にも殴り掛かりそうなくらい怒った顔をしている。
しかしあたりはいまだ、濃いもやに包まれたままだ。
すぐに先生の姿も、恭太さんの姿も見えなくなって、そばにいるマスター以外どこにいるのかわからなくなった。




