125 目は口ほどに物を言う
学校生活は、拍子抜けするほど普段通りだった。
あの日、紅葉ちゃんと行動をともにしていた男子生徒たちが何か仕掛けてくるかもしれないと思っていたが、一切動きはない。
雪成が紅葉ちゃんから名前やクラスを聞き、周囲に探りをいれたところ、全員欠席しているようだった。
それでも、学内が安全だとは限らない。
紅葉ちゃんはそう言って、どこへ行くにもくっついてくる。
移動教室や職員室なんかはもちろん、トイレへ行くのもいっしょだ。
いつもはここまで行動をともにしてはいないから、紅葉ちゃんの友だちに「さすがにべったりすぎない?」と不審がられてしまった。
でも紅葉ちゃんはとくに気にした様子もなく「今日はそんな気分なんだ」と答えた。
え、それでいいの?
ぎょっとして紅葉ちゃんを見たけど、普段通りのほわほわした表情だ。
紅葉ちゃんの友だちも「気分ならしょうがないか」なんて納得してしまった。
それで乗り切れるのかと呆然とする私を見て、紅葉ちゃんはにっこりと微笑んだのだった。
※
「あ、プリント入れてくるの忘れちゃった」
これから下校しようかと校門へ向かっていたら、紅葉ちゃんが言った。
鞄の中をガサゴソ漁って、深くため息をつく。
「プリントって宿題の?」
「ううん、面談の」
「あぁ……待ってるから取ってきなよ」
「ごめん~」
紅葉ちゃんは顔の前で手を合わせてから、パタパタと慌ただしく校舎へ戻っていった。
その後ろ姿に「ゆっくりでいいよ」と声をかける。
紅葉ちゃんはくるりと振り返って手を振った。
校門のそばに、雪成と並んで立つ。
「そういえばさ」
「ん?」
「部活はいいの?休みっぱなしだけど」
「家庭の事情だっつって休部してるから大丈夫」
「……ごめんね」
雪成が所属している陸上部は、運動部の中でも熱心に活動している。
雪成もそれなりの実力で、去年は県大会まで進んだと言っていた。
それなのに、今は私の事情に巻き込まれて、満足に練習もできていない。
申し訳なさで苦しくて、思わずうつむく。
雪成はわしわしと私の頭を撫でた。
顔を上げて雪成を見て、ぎくりとする。
あんまり優しい目で私を見ていたから。
「謝んなよ」
「でも」
「一応自主練はしてるし」
「……うん」
「今は大きい大会もないし」
「……うん」
雪成の顔から視線をそらしながら答える。
胸の奥がなんだかざわざわして、居心地が悪い。
「でもさ、そんなに言うならさ」
私の気持ちを知ってか知らずか、雪成がかがんで顔を覗き込んでくる。
ごくりと喉が鳴ったけど、動揺を悟られないように唇をきゅっと結んだ。
「今度応援にきてくれよ。そしたら俺、頑張るから」
「……応援しなくても頑張るくせに」
「それはまぁ、そうなんだけど」
今まで、こんな風に雪成に誘われたことはなかった。
前はもやの出ている人間が行っても邪魔になるからだと思っていたが、今ならわかる。
私が人の多い場所を厭うことを知っているから、あえて声をかけなかったのだと。
懇願するような眼差しは、目に毒だ。
目は口ほどに物を言うなんて、先人の言うことは嫌になるほど正しい。
「……いいよ」
たまらなくなってそう返すと、雪成は少し驚いた顔をして、すぐにくしゃっと笑った。
その顔がなんだか無性にキラキラして見えて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。




