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123 強者

 悠哉さんは眉をひそめ、やれやれと頭を振った。



「警察沙汰になって、俺たちが拘束されたらどうする?不在中を狙われる方が危険だと少し考えればわかるだろう」


「あっちも散々後ろ暗いことやってるんだから、警察には話せないんじゃない?」


「どうかなぁ。警察にも彼らの協力者がいる。向こうに有利に事が運べば、守れるものも守れなくなる」



 悠哉さんの言うことは正しい。

 恭太さんもきっとそれをわかっていて、それでも納得できないというように眉をつり上げた。



「だから子どもをエサにするって?」


「使えるものはなんであれ使うべきだ」


「おじさん……!」



 睨みつける恭太さんを一瞥し、悠哉さんは深々とため息を吐いた。

 そして嗜めるような口調で続ける。



「だからお前は甘いんだ。もっと合理的に物事を考えなさい。暴力に訴えるだけでは、根本的な解決には至らない。そういう手段は、ここぞというときのために取っておくのが賢い大人のやり方なのだから」



 舌打ちをした恭太さんは目をそらした。

 眉間に深いしわが刻まれているが、それ以上反論するつもりはないようだった。


 そんな恭太さんに悠哉さんは表情を緩めて「それに」と続ける。



「あちらに逮捕者を出すことも避けるべきだ」


「……なんで」


「たとえ親しくなくとも、身内に犯罪者がいるというのは大きなハンデになるからね」



 恭太さんは私をちらりと見て、苦々しそうに頷いた。

 隣の父が、私の頭をぐりぐりと撫でる。

 なんだかむず痒い気持ちで、少しだけ視線を下げた。


 今目の前の問題を解決することだけじゃなく、私の将来も慮ってくれている。

 その事実が素直にうれしい。

 そしてそれは、きっとあの子のためでもある。

 無邪気に笑う妹の顔を思い出して、泣きたい気持ちになった。



「ところで恭太。最近大学にはちゃんと行ってる?」


「行ってるよ。最近っていうか、いつもちゃんと行ってる」


「恭太はこう見えて真面目だもんなー」



 まだちょっと硬い雰囲気を和らげるように、マスターが恭太さんの肩に腕を回す。

 いつものようにはたき落とされると思ったのに、今日はなぜか素直に受け入れられた。

 マスターもそれが意外だったのか、目を白黒させてから、ぶわっと顔を赤くした。


 肩を組んだ状態で指先をもぞもぞと動かしているのは、動揺からか。

 それでも離れようという気はさらさらないらしく、やがてによによと口元を緩めた。



「大学がどうしたの」



 恭太さんが続きを促す。



「ん。少しなら休んでも大丈夫かなぁ、と思って」


「まぁ、単位に影響はないと思うけど。試験も先だし」


「じゃあ、しばらく子どもたちについててもらえるかな」


「……しょうがないな」



 そう言って悠哉さんを見た恭太さんは、少しだけ口を尖らせていたけど、幾分気分が落ち着いたらしかった。

 マスターの腕を叩き落としてから、ついでに触れられていた肩まではたく。

 マスターは「ひどっ」なんて言いつつも、うれしそうな顔をしていたので、気にしてはいないのだろう。



「うちからも、このふたりをつけるから」



 悠哉さんがおじいさんとおばあさんに視線を向ける。

 ふたりはそろって深々頭を下げ「お任せください」と微笑んだ。


 強者の風格のあるおばあさんは、確かに頼れる護衛となりそうだ。

 改めてみると、やっぱり強そうだし。

 この部屋の誰よりも戦闘に向いてそうだし。


 でも、おじいさんも?

 小柄なおじいさんは線も細く、とてもじゃないが強そうには見えない。

 なんなら、私でも勝てそうな気さえする。



「ふたりとも武術の心得があるから、安心して守られるといいよ」



 悠哉さんがそう言うなら、そうなのだろう。

 そう思いつつも、おじいさんの戦う姿はまったく想像がつかない。

 ただよく考えてみれば、こういう一見強そうに見えない人が実はめちゃくちゃ強い、なんてのはよくある話だ。

 主に、漫画や小説なんかの世界では。

 現実にそんなことがあるのかどうかは、見当もつかないけど。



「それじゃあ、囮役、がんばって」



 そう言って、悠哉さんが笑った。

 その顔に恐怖心を覚えたのは、細められた目がまったく笑っていなかったからに違いない。

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