122 囮
「それで?今後はどうするんだ?」
派手な金髪をかき上げながら、マスターが言う。
大人の色気ってやつだろうか。
少し気だるげな仕草が、なんというか見てはいけないものを見ているような気にさせて、つい目をそらした。
「どうって、乗り込んでいって、ボコボコにしてやればいいんじゃない?」
恭太さんがさらりと過激なことを言った。
普段は割とかっちりした服装をしているのに、今日はTシャツにハーフパンツというラフなスタイルだ。
広めに開いた襟ぐりからのぞく鎖骨に、思わずドキッとしてまた目をそらした。
普段とのギャップというか、雰囲気の違いというか、そんなものに気後れしているのは私だけなのだろうか。
一人だけあたふたしているのが恥ずかしくて、動揺を悟られないように口元をきゅっと結んで父に目を向けた。
見慣れたいつも通りの姿に、少し気分が落ち着く。
つんつん、と紅葉ちゃんが私の腕を突く。
どうしたの、と視線を向けると「なんだかみんな、いつもと違ってちょっとドキドキするね」と小声で囁かれた。
思わず食い気味に「わかる」というと屈託ない笑顔が返ってきた。
そんな私たちの会話も知らず、話は進んでいく。
「待て。そんなこと言っても、さすがに戦力差があるだろ」
「知り合いに声かけりゃいい。喧嘩慣れしている奴も多いし、年寄りばっかりの集落には負けねぇよ」
怖い。
喧嘩慣れしている知り合い多いの、怖い。
こないだから思ってたけど、やっぱりマスターはやばい系の人なのかもしれない。
「俺はこのまま待てばいいと思うけどなぁ」
のんびりとした声で、悠哉さんが言う。
「待つ?この状況で呑気な……」
「向こうは焦っていると思うよ。神の子を連れ去ろうとして失敗し、その神の子の一番近くにいた手下に裏切られて、さらには人質まで奪取されて」
「……それはそうだろうが」
「だからさ、思うんだよね。あちらとしても、行動を起こすなら今じゃないかって」
部屋の空気がピリッとして、思わず息を呑む。
悠哉さんは穏やかな声色のまま、目を細めて続けた。
「きっとすぐにでも、強硬手段にでるんじゃないかな。この前の誘拐みたいに。……いや、より過激な手を使うかもしれないね。それこそ、生け捕りにできれば五体満足でなくとも構わない、程度には」
悠哉さんの視線が腕や足を這う感覚がして、喉の奥から小さな悲鳴が漏れた。
紅葉ちゃんが震える手をそっと握ってくれて、私は恐怖を追い出すようにゆっくりと息を吐く。
「待って」
地を這うような声で、恭太さんが言う。
少し驚いて恭太さんを見ると、軽蔑したような目で悠哉さんを睨みつけていた。
「おじさん、何を言おうとしてるかわかってる?」
「もちろん」
「こんな危険な状態で 《《待つ》》って?」
「怖い顔だなぁ」
意味がわからずふたりを見ていると、悠哉さんが少し眉を下げて私を見た。
「俺だって、君を危険に晒したいとは思わないよ。でも、虎穴に入らざれば虎子を得ずというだろう?少しだけ頑張ってもらうことはできないかな」
問いかけられているのに、まるで命じられているみたいだ。
そう思いながら、ようやく理解した。
悠哉さんは、私に 《《囮になれ》》って言ってるんだ。
正直、あの人たちにはかかわりたくない。
安全な場所でただ守られていたらどんなにいいだろうと、思わずにはいられない。
それでも私は、気づくと頷いていた。
恭太さんはそれを見て、咎めるような視線を向ける。
「僕は反対。そんなのは、子どもにやらせることじゃない。こちらから出向いて行って、コテンパンに叩きのめして、その神の子だかを閉じ込める部屋を壊しちゃえばいいでしょ。物理的に、監禁なんてできなくすればいい」
「そんなことをしても、新しく監禁場所を用意するだけだろうね」
「じゃあ、それも壊せばいい」
「イタチごっこだなぁ」
嘲るように悠哉さんが笑う。
恭太さんは苦々しそうな顔をして「じゃあ、集落自体を壊滅させればいい」と言った。




