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120 短期決戦

 そんなこんなで、手当たり次第に目に付く人間を伸したあと、怯えて蹲っている穂高さんを回収して戻ってきたらしい。

 声をかけたとき「かわいい娘がいるんです、殺さないでください」と必死に懇願されたと、父は遠い目をしていた。

 ちなみに、その話を聞きながら穂高さんは恥ずかしそうにうつむき、紅葉ちゃんは嬉しそうに頬を染めていた。



「いっちばん苦労したのは、味方だって信じてもらうことだったんだからな」


「それはまぁ、悪かったって」


「お前らときたら、説得する時間がないから気絶させて連れていけばいいとかいうし!」


「いやほら、効率を重視した結果っていうか、物足りなかったっていうか」


「物足りないってなんだよ!怖いって!!」


「思ったより手応えなかったんだからしょうがねぇじゃん」



 ようするに、まだまだ暴れたりなかったということだろうか。

 ドン引きして見ていると、視線に気づいたマスターが手を必死に振りながら弁解する。



「違うって!久しぶりの喧嘩だったから、ちょっとテンション上がっただけで」


「久しぶりってことは、昔はしょっちゅう喧嘩してたってことですか……?」


「俺が積極的に喧嘩してたんじゃなくて、売られた喧嘩を仕方なくっていうか」


「え、こわ……」



 どうあがいても血気盛んだった時代を隠せないことを悟ったのだろうか、マスターは諦めたような笑みを浮かべて黙ってしまった。

 正直、こんな反応をして怒らせるのではないかと思ったが、反応を見る限り、多分大丈夫だろう。



「まぁ、でもそういうことだと思うよ」



 悠哉さんが事もなげに言う。



「根本的に解決したいのであれば、叩き潰すのが一番かもね。攻撃は最大の防御っていうなら、もう二度と手出ししようなんて思えないほどわからせてあげるのがいいじゃない?」


「わからせるって……」


「時代遅れの風習にいつまでも囚われ続けても、いいことなんてない。それに、そろそろ気を使うのにも疲れたからねぇ」


「悠哉さん……?」


「資料一つ借りるのにも、散々下手に出なくちゃいけなくて困ってたんだよね。本当は時間をかけて篭絡する予定だったんだけど、短期決戦に持ち込むのもありだと思うよ」



 そう言って目を細めた悠哉さんは、ぞっとするほどきれいに微笑んだ。

 助けを求めるように視線を泳がせると、雪成や父だけじゃなくて、雨音さんやマスターまで青い顔をしていた。



「でも今日は疲れたからゆっくり休んで、明日また作戦を立てようか」



 パンっと手を叩いた悠哉さんは、いつもの温和な表情に戻っていた。

 そうして簡単に切り替えられるところがより恐ろしいのだと思いつつ、私たちはそれぞれ案内された居室へと足を進めたのだった。





 目を覚ますと、隣にはすよすよと心地よさそうに眠っている紅葉ちゃんがいた。

 安心しきったあどけない寝顔が可愛くて、自然と頬が緩む。


 昨晩話を終えたあと、私と紅葉ちゃんは同じ部屋に通された。

 元々雪成と3人で眠る予定だったので、雪成もついてくるものだと思っていたが「命が惜しいから」という理由で断られてしまった。

 雪成の背後から向けられた父の刺すような視線に気付いて、苦笑いで頷いた。


 ふかふかのベッドの寝心地は極上で、このまま二度寝を決め込んでしまいたくなる。

 私はちらりと時計を見て、仕方なく身体を起こした。

 昨晩眠りについたのが遅かったとはいえ、もう9時を回っている。

 いい加減起きなくてはいけないだろうと、紅葉ちゃんの肩をそっとゆすった。


 震えた睫毛の下から覗いた瞳が、私をとらえる。

 半分眠っているような声で「おはよぉ」と紅葉ちゃんが言って、私も同じ言葉を返した。

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