118 攻撃は最大の防御
「でも実際問題、このまま逃げ続けるのかって話だよね」
大きなビーズクッションにドカッと腰かけて、恭太さんが言う。
そのままゆったりと身体を預けて、すっかりくつろぎのポーズだ。
「まぁ、家も知られているだろうしねぇ。逃げるなら、最低限引越しは必要になっちゃうかなぁ」
「引越し先を特定されないとは限らないけどね」
「えー、こわー。逃げまくってたら諦めてくれたりしねぇの?」
「無理でしょ」
「執念が違うからねぇ」
まるで世間話でもするようなトーンで、悠哉さんと恭太さん、マスターが話している。
大げさだと言い切れないのが、一番怖い。
「どうしたら諦めてくれるんでしょう……」
ポツリと呟くと、父が頭を抱えたのがわかった。
それがわかれば、これほど苦労してはいないだろう。
「そういえば、今回はどうやって紅葉ちゃんのお父さんを救出したんですか?」
ふいに気になって訊ねると、父は眉間にぐっと皺を寄せた。
首を傾げて雨音さんに視線を向けると、苦笑いを返される。
「えっ……と?」
「俺は、反対したんだからな」
戸惑う私に被せるように、父が言い放つ。
苦々しそうな物言いに、ますます戸惑う。
「うまくいったんだからいいでしょ」
あからさまに不満げな父に、飄々と恭太さんが言った。
父はじろりと恭太さんを睨みつけていたが、視線を阻むようにマスターが間に入る。
まぁまぁ、と宥められつつも、父の恨みがましい視線はマスターに標的を変えたらしい。
「君も同罪だからな」
「え、俺も?」
「俺も?じゃないだろ!好き勝手暴れて!!」
「えぇ~?作戦通りだったと思うんだけどなぁ」
噛みつくように怒鳴る父に、ひらひらと躱すマスター。
恭太さんに至っては大きなあくびまでしている始末だ。
「恭太、眠いの?」
「うん。疲れた」
「寝るならベッドに行きなさい。身体を痛めるよ」
「はいはい」
悠哉さんに促され、恭太さんが身体を起こす。
そしてもう一度あくびをしてから、おじいさんについて部屋を出て行ってしまった。
自由すぎんだろ、と呟いたのは一体誰の声だっただろうか。
「あいつ、車でほとんど寝てたくせになんで眠いんだ……?」
「まぁ、寝る子は育つってことで」
「いや、もう育つ歳じゃないだろ……」
「あ~……あいつのことは、猫かなんかだと思ってほしいっていうか」
完全に引いているらしい父に、マスターがフォローになっていないフォローをしている。
どうやら車の運転は、父と雨音さん、マスターの3人で交代しながらやっていたらしい。
悠哉さんは免許をうっかり失効してからそのままにしているそうで運転できず、恭太さんは「やだ」の一言でマスターに運転を押し付けたという。
ちなみに運転は普通にできるし、気が向いたらドライブにも行くそうだ。
同情の眼差しでマスターを見ると「しょうがないやつだよなぁ」なんて言いつつ顔が緩み切っているので、まったく困ってはいないようだ。
深く突っ込むと惚気に発展しそうなので、気にせず話を戻すことにした。
「それで、結局どうやったんですか?」
私の質問に、マスターはにかっと笑って答えた。
「攻撃は最大の防御って言葉、知ってる?」
その言葉になんとなく、何があったのか察してしまった。




