117 怖い人
穂高さんと紅葉ちゃんは、しばらくこの秘密基地で匿われることになった。
ふたりは遠慮していたけど、目の届く範囲にいてくれた方が《《いろいろと》》安心だと悠哉さんが言ったら、納得して頷いてくれた。
「残念だけど、学校もお休みしようね」
柔らかい口調で話すのに、悠哉さんには有無を言わせない妙な迫力がある。
でも、紅葉ちゃんはふるふると首を横に振った。
悠哉さんが咎めるように、細めていた目を少しだけ見開く。
「気持ちはわかるけど、少しだけ状況を考えることはできる?」
ピリッと部屋の空気がひりつくのがわかった。
いつも温和な雰囲気の悠哉さんだけど、多分この場で一番怖いのはこの人だ。
それでも紅葉ちゃんは引かなかった。
まっすぐに悠哉さんを見つめて、口を開く。
「私が言うことじゃないけれど、学校内は安全だとは言えません」
「そう。だからこそ、学校には行かないように言っているんだよ」
「だったら、かすみんと山倉くんも休ませるべきです」
「それはそうかもしれないけど、それは君とは関係のないことだよ」
すっぱりと言い切る悠哉さんに、紅葉ちゃんは「いいえ」と頭を振る。
「ふたりが安全な場所で保護されるのであれば、私も学校には行かなくて構いません。ただふたりが登校するのなら、私もともに行くべきだと思います」
「それは……君が、ふたりの護衛でもするという意味かな?」
「はい。少なくとも学内では、守り切る自信があります」
そう言って、紅葉ちゃんは胸元に手を当てた。
思わず、お風呂で見た鍛え抜かれた肉体を思い出す。
悠哉さんは真顔になって、紅葉ちゃんを上から下へと眺めた。
品定めをするような目つきが、自分に向けられたものでないとわかっているのに恐ろしい。
「……実戦経験は?」
悠哉さんに問われ、紅葉ちゃんはちらりと私に視線を向けた。
どうしたのだろうと首を傾げると、紅葉ちゃんは眉間に少しだけ皺を寄せてから「あります」と答えた。
ぐっと握りしめられた拳が、小さく震えている。
悠哉さんは顎に手を当てて、小さく「ううん」と唸るような声を出した。
「どうしようなかな。悪い提案ではないけど」
悩ましい声を出す悠哉さんに、恭太さんが問いかけた。
「信頼できるとは限らない?」
「まぁ、最悪のケースを想定するのはリスク管理における常識だからね」
当然のように言う悠哉さんは、それだけの修羅場をくぐってきたということなのだろうか。
他人事の様に話を聞いていると、ふいに悠哉さんと目が合った。
思わず肩を揺らして目をそらすと、くすりと誰かが笑った気配がした。
「このおじさん、怖いでしょ」
からかうように恭太さんが言う。
肯定も否定もできずにいると「無言の肯定」なんてマスターが追い打ちをかけてくる。
思わずじろりとマスターを睨んだが、からからと笑うだけだった。
「かすみ、お前はどうしたい?」
父が私の顔を覗き込むようにして言った。
「俺は正直、安全が確保できるまでは学校を休んでほしい。だがいつになれば決着がつくかわからないし、そもそも決着をつけられるかどうかもわからない。そんな先の見えない状態で、期限も決められぬままお前を縛りつけていいたも思えないんだ」
「私……は、怖いけど、ずっと学校を休むのは不安かも。進級できなかったらって思うと、さすがに困るし」
「そうだよなぁ」
頭をガシガシと掻きむしりながら、父が同意する。
私はちらりと紅葉ちゃんに目を向け「それに」と続ける。
「できればいっしょに進級して、いっしょに卒業したい……」
父はそう呟いた私の頭をわしわしと撫でて「そうだよなぁ」と困ったように微笑んだ。




