115 混乱
「な、何事だ?!」
「大丈夫か?!」
充満するもやの中、飛び込んできたのは慌てた父と雨音さんの声だった。
必死になって私の名前を呼ぶ声にはっとして、深く深呼吸する。
呼吸に合わせてもやが霧散していくと、焦った顔の父と雨音さんの姿があった。
「どうしたんだ、何があった?」
「おい、ここ安全なんじゃなかったのか?」
説明したいのに、父に肩を揺さぶられ、言葉が出てこない。
雨音さんにいたっては、部屋の入り口に立っている悠哉さんを睨みつけて、濡れ衣を着せようとしている。
私はなんとか「待って」「違う」と短く繰り返した。
それでも父が揺さぶるのをやめてくれないから、だんだんくらくらしてきた。
「ストップ」
助け舟を出してくれたのは、恭太さんだった。
父の襟首を掴んでぐっと後ろに引いたので、父は反射的に手を放してくれた。
「そんなに揺らしたらかわいそうでしょ。落ち着きなよ」
「これが落ち着いていられるか!今まであんなにもやを出したことなんてないぞ!?」
「いやあるでしょ。病院で」
「あれはノーカンだから!!」
あれがなぜノーカンなのかはわからないが、とにかく父を落ち着かせるために「ほんっとになんでもないから」と言い切った。
父と雨音さんは疑うように眉間にしわを寄せていたが、私が同意を求めた紅葉ちゃんと雪成が頷いたのを見て、なんとか納得してくれたらしい。
しかしぐるりと部屋の様子を確認した父が、再びカッと目を見開いた。
次は何だと思えば、なぜかにっこりと笑った父が、雪成の肩に手を置いてぐっと顔を近づける。
「な、なんすか?」
笑顔のまま黙って至近距離から見つめる父に、雪成がたじろぐ。
「え、なんで無言?怖いですって」
「ちょ、お父さん?何してんの?」
「……何?……いや、なんでこんな状況になってるのかってことが、おじさんには不思議なんだけどなぁ」
笑顔の父は、口元をぴくぴくと動かしながら言う。
額には青筋が浮かんでいるし、笑顔を張り付けながら怒っていることは明らかだった。
そんな父に雪成が小さく「やべ」と呟いた瞬間、父が一気にまくしたてた。
「え?え?やべって何?っていうか、年頃の?男女が?なんでいっしょのベッドにいるのかな?あれ?おかしいのは俺か?いや俺じゃないだろ、この状況……は?はぁ?」
「お、おじさん、落ち着いて……!これには深……くはないけど、わけが……」
「どんなわけだよ!!」
父の叫びに、部屋の中がしんと静まり返る。
正直、どうして父がそこまで怒るのかわからず、私は困ったように雨音さんに視線を向けた。
雨音さんはブルブルと肩を震わせながら、笑いを堪えていた。
仕方なくほかの大人に助けを求めようと思ったが、恭太さんも悠哉さんも、顔をそらして肩を揺らしている。
マスターに至っては、耐え切れず吹き出していた。
大人はダメだ。
自分で何とかするしかない。
「部屋も広いし、落ち着かなかったからいっしょにいただけだよ?なんでそんなに怒るの?」
「なんでってお前……!年頃の男女がいっしょに寝て、何か間違いが起こったらどうするんだっ」
「間違いって何?そもそも1日ずっと同じ部屋にいたんだから、寝る部屋がいっしょでも別によくない?それに相手はユキだよ?何をどうしても間違いなんて起こらないでしょ」
「ちょっと待った。それは俺に刺さる」
「はぁ?」
せっかくフォローしているのに、なぜか雪成から制止が入って戸惑う。
しかしなぜか父の怒りは和らいだらしく「それもそうか」と頷いていた。




