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113 ありがと

 食事を終えて、フルーツやら生クリームやらで豪華に飾られたプリンを食べる。

 昔ながらの硬めのプリンは卵の味が濃くて、ぺろりとたいらげてしまった。


 食後のお茶まで頂いたあと、お風呂に案内された。

 部屋の奥にある扉の先は廊下になっていて、いくつかの部屋が並んでいる。

 そのうちのひとつが浴室だった。


 中はうちのお風呂の数倍はありそうな広さで、複数人で使用することも想定されているのか、洗い場が2つ用意されている。

 お風呂のふちの部分は木になっていて、温泉みたいな見た目だ。

 どういう作りになっているのかはわからないけど、浴室には窓があって、その先には鮮やかな緑の木々が佇んでいる。

 まるで旅館の家族風呂みたいで、ちょっとだけテンションが上がった。



「かすみん、いっしょに入る?」



 こてんと首を傾げて、紅葉ちゃんが訊ねる。

 誰かといっしょに入浴するという発想がなくて、思わずつぶれた蛙みたいな声が漏れてしまった。

 それでも冷静に考えれば、まとめて入った方が効率がいいのは当然だ。



「嫌なら無理しなくても」


「い、嫌じゃない!いっしょに入る!!」


「え、なんか必死じゃね?」



 私の反応を拒否と受け取ったらしい紅葉ちゃんが引こうとするので、思わず大きな声を出してしまった。

 そんな私に、雪成がちょっと引いたような声を上げる。


 正直、裸の付き合いなんて恥ずかしい。

 普段から運動したり鍛えたりしているわけじゃないから、ちょっとお腹とか二の腕とかぷにぷにしてるし。

 でも友だちとお風呂!

 背中の流しっこしたり、湯船に浸かりながらまったりとくつろいだり、そういう青春らしいことに並々ならぬ憧れがあるのだ。



「……じゃあ、俺、先にすますわ」



 ゆっくりお風呂を堪能したい私の気持ちを察してくれたらしい雪成が、苦笑いしながら言った。

 雪成を見送って、改めて紅葉ちゃんと顔を合わせているとなんだか気恥ずかしくなってきた。



「いっしょにお風呂って、わくわくするね」



 いたずらっぽく笑う紅葉ちゃんに、私は頬が赤くなるのを感じながら頷いた。





 予想よりもずっと早い時間に入浴を終えた雪成と入れ替わりに、脱衣所へ向かう。

 ゆっくりしてよかったのに、と言えば「いつもこんなもんだぞ?」と返された。

 長く湯に浸かるのが得意ではないようで、自宅ではシャワーだけで済ませることも多いらしい。



「じゃあ、お背中お流ししまーす」



 そう言って、紅葉ちゃんが背中を洗ってくれる。

 細い指先が上下に動くのを背中越しに感じて、くすぐったいのに、自然と頬がほころぶ。

 お返しにと紅葉ちゃんの背中も洗ってあげると「きもちいー」と柔らかな声が返ってきた。


 ちなみに、紅葉ちゃんの腹筋は本当に6つに割れていた。

 でもバキバキって感じじゃなくて、しなやかな筋肉が身体全体を引き締めている感じで、ごつさはない。

 まさに肉体美といっていい体つきで、自分の緩んだ体形がより恥ずかしくなったのは内緒だ。


 並んで湯船に浸かる。

 乳白色のお湯からは、ミルクのような甘い香りが漂う。



「この入浴剤、いい匂いー」


「ね、なんか落ち着く」



 ぬるめのお湯は、長湯したくなる心地よさだ。

 お湯の中に身体がとろけていくような気分になって、私は目を閉じる。



「かすみん」


「ん、なぁに?」


「……ありがと」



 はにかむように、紅葉ちゃんが言う。



「私は何もしてないよ」



 素直にそう返した。

 実際、紅葉ちゃんのお父さんを連れ戻しに行ったのは、私じゃない。

 足手まといだからと置いていかれた私が、お礼を言われるのは道理に合わない。


 でも紅葉ちゃんは小さく首を横に振って、もう一度「ありがと」と呟いた。

 お湯に浸かって上気した頬と、ほんのり潤んだ瞳に、私はそれ以上否定の言葉を返すことはできなかった。

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