112 連絡
映画もそろそろ終盤だ。
激しい銃撃戦の末、ヒロインをかばって負傷する主人公。
とどめを刺そうと追い打ちをかける相手に一矢報いたのは、守られ続けてきたヒロインだった。
予想外の反撃によって生まれた一瞬のすきをついて、主人公の放った銃弾が敵の心臓を打ち抜く。
普段アクション映画なんて観ないから、なんていうか衝撃がすごい。
ワイヤーなんかを使っているんだろうけど、それを差し引いてもカッコいい。
こんな風に縦横無尽に戦えたら、なんて思ってしまうくらいほどに。
「ご鑑賞中、失礼いたします」
今までずっと黙っていたおじいさんが急に話しかけてきて、思わずビクッとしてしまった。
おじいさんを振り返ると、その手にはスマートフォンが握られている。
「お電話でございます」
画面をみると、通話中になっている。
私たちは顔を見合わせて、スピーカーボタンを押した。
「も、もしもし?」
『かすみか?』
「お父さん!」
電話先の父の声は、普段と変わりなく聞こえた。
少なくとも、強い疲労や怪我なんかはなさそうで安堵する。
「そっちは今どんな状況?みんな無事?紅葉ちゃんのお父さんは?!」
『ああ、こっちは問題ない。救出も成功した。宝生さんも衰弱しているが、自力で動ける程度だから心配いらない』
父の言葉に、紅葉ちゃんが両手を口元に当てる。
瞳はうるうると涙の膜が張っていて、今にも零れ落ちそうだ。
『集落を離れて、もうずいぶん走ってる。だがまだ帰るには時間がかかりそうだから、今日はそちらに泊めてもらいなさい。うちにも雪成くんの家にも、こちらから連絡しておく』
「わ、わかった!」
「あの!すみません、少しでもいいので、父の声を」
『すまない、お父さん限界だったみたいで、今は眠っているんだ。その代わり、あとで写真を送るから』
「……わかりました」
続けて二言三言会話をして、電話は切れた。
それからまもなく、約束通り写真が送られてきた。
あの日、車の中で雪成の隣に座っていた男の人が、ぐったりとした様子でドアにもたれかかるようにして眠っている。
以前と比べるとずいぶんとやつれていて、顔中に痣ができているのが痛々しい。
紅葉ちゃんはそれでも、安心したように微笑みながら涙を流していた。
私も泣きそうな気持ちで、紅葉ちゃんの細い肩を抱きしめる。
「よかったね……本当、よかった……」
「あり、がとっ……ありがとう……」
泣きじゃくる紅葉ちゃんの頬を濡らす涙を、おばあさんがそっとハンカチで拭う。
何も言わなかったが、そのまなざしはすごく優しい。
スクリーンの中の映画はいつの間にか終わっていた。
しっとりとしたバラードとともに、エンドロールが流れていた。
※
しばらく泣いて落ち着いたらしい紅葉ちゃんは、おばあさんから濡れタオルを渡されて、目元を冷やしている。
そのあいだ、おじいさんが夕飯の準備をしてくれた。
オムライスにナポリタン、エビフライ、唐揚げ、ポテト、そして彩りのブロッコリーとトマト。
オムライスの上にはご丁寧に旗まで立っていて、まごうことなき、
「お子さまランチだ!」
子どもの好きなものをとことん詰め込みました、というワンプレートに、私は思わず目を輝かせる。
テレビなんかで見たことはあるけど、お子さまランチを直接目にするのは初めてだ。
もやのせいで外食なんてほとんどしたことがないし、行ったことがあるお店は店内が薄暗い焼肉店くらいなもの。
ファミレスなんて、今まで一度だって足を運ぼうと思ったことすらなかった。
「ランチじゃなくてディナーだけどな」
からかうように雪成が言う。
それでもわしわしと私の頭を撫でて「よかったな」なんて笑うから、思わずドキッとしてしまった。
「デザートにプリンもご用意しております」
そうおじいさんが微笑んで、私の胸はさらにときめいたのだった。




