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111/144

111 鑑賞

 正直、父たちが帰ってくるまで落ち着けはしないのだと思っていた。

 相手の異常さを知っているからこそ、不安は拭えない。


 それでも、それでも。


 控えめに言って、ここはヤバい。

 なんていうか、徹底的に人をダメにするヤバさしかない。


 体を包み込むように沈むクッションは極上の心地よさだし、用意されているお菓子はおいしい。

 出たゴミはいつの間にか片付けられているし、減ったお菓子は気づかぬうちに補充されている。

 一人一台ずつ渡されたタブレットで動画も見れるし、ゲームや電子書籍なんかもより取り見取り。


 まさに至れり尽くせりってやつだ。

 大人が大変なことをしているときに、こんなに甘やかされていていいのかと逆に不安になる。


 そんなことを思いつつ、私たちはプロジェクターで映画を観ていた。

 真っ白な壁をスクリーンにして流れているのは、ずいぶん前に話題になったアニメ映画だ。

 狼男と出会った女の人が、恋に落ち、やがて夫婦になる。

 かわいい子どもに恵まれ、幸せな家庭を築いたものの、夫は突然帰らぬ人になってしまう。

 残された主人公は愛情深く子どもに向き合い、育んでいく、そんな話。



「……いいなぁ」



 ぽつりと紅葉ちゃんがつぶやいたのは、どの場面だったっけ。

 少し寂し気な横顔が、やけに瞼の裏に焼き付いた。


 いいなぁ。

 私もそう思った。

 自分の世界に浸って、何でもかんでも大袈裟に立ち回る母のことを思い出しながら。

 悪い人じゃない。

 むしろ優しい人だと知っているのに、それでも母に対して培ってきた心の壁は、これから一生消えることはないのだと思う。





 映画が終わって、昼食を食べて、ちょっとお昼寝をして、おやつを食べて。

 そんな風にだらだらと過ごしながら、エレベーターに時折と視線を向ける。

 集落までの移動だけでも、ずいぶんかかるはずだ。

 まだ帰ってくるわけがない。

 そうわかっていながらも、目線を動かさずにはいられなかった。



「またなんか観るか?」



 雪成が言う。



「そのほうが、気がまぎれるだろ」


「ん、そうだね。紅葉ちゃんは観たいのある?」


「あ……私は、なんでも」



 そういって紅葉ちゃんは、眉をへにょっと下げた。

 泣いてるわけじゃないのに、泣き出しそうな子どもの表情に見えて、庇護欲がわいてくる。


 そっと手を重ねると、少しだけ驚いたような顔をされたけど、振り払われることはなかった。



「お、これいいんじゃね?」



 沈んだ空気を払拭するように、雪成が言う。

 彼が選んだのは、激しいアクションシーンが話題になった一作だった。



「この俳優、好きなんだよな」


「うわ、ムキムキ」


「すっごいだろ、筋肉。役作りでここまで鍛えられるのって、尊敬するよな。前に病人役やったときはガリガリだったんだぜ」


「へぇ、すごいね」



 バッキバキに割れた腹筋に感服していると、ちょんちょん、と紅葉ちゃんが私の肘をつついた。

 そして重ねていた私の手のひらを持ち、自分のお腹にそっと当てる。

 突然の行動に戸惑いつつも、手のひらの感覚に集中して気付いた。



「え、かった!なにこれ、カチコチなんだけど!」


「えへ、私も鍛えてるんだよ。ちなみにお腹は6個に割れてる」


「え、なにそれすごい」



 予想外の硬い感触に衝撃を受ける私を見て、紅葉ちゃんがいたずらっぽく笑う。

 まじで?と興味津々に手を伸ばしてきた雪成の手は、セクハラになりかねないからはたき落しておいた。

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