111 鑑賞
正直、父たちが帰ってくるまで落ち着けはしないのだと思っていた。
相手の異常さを知っているからこそ、不安は拭えない。
それでも、それでも。
控えめに言って、ここはヤバい。
なんていうか、徹底的に人をダメにするヤバさしかない。
体を包み込むように沈むクッションは極上の心地よさだし、用意されているお菓子はおいしい。
出たゴミはいつの間にか片付けられているし、減ったお菓子は気づかぬうちに補充されている。
一人一台ずつ渡されたタブレットで動画も見れるし、ゲームや電子書籍なんかもより取り見取り。
まさに至れり尽くせりってやつだ。
大人が大変なことをしているときに、こんなに甘やかされていていいのかと逆に不安になる。
そんなことを思いつつ、私たちはプロジェクターで映画を観ていた。
真っ白な壁をスクリーンにして流れているのは、ずいぶん前に話題になったアニメ映画だ。
狼男と出会った女の人が、恋に落ち、やがて夫婦になる。
かわいい子どもに恵まれ、幸せな家庭を築いたものの、夫は突然帰らぬ人になってしまう。
残された主人公は愛情深く子どもに向き合い、育んでいく、そんな話。
「……いいなぁ」
ぽつりと紅葉ちゃんがつぶやいたのは、どの場面だったっけ。
少し寂し気な横顔が、やけに瞼の裏に焼き付いた。
いいなぁ。
私もそう思った。
自分の世界に浸って、何でもかんでも大袈裟に立ち回る母のことを思い出しながら。
悪い人じゃない。
むしろ優しい人だと知っているのに、それでも母に対して培ってきた心の壁は、これから一生消えることはないのだと思う。
※
映画が終わって、昼食を食べて、ちょっとお昼寝をして、おやつを食べて。
そんな風にだらだらと過ごしながら、エレベーターに時折と視線を向ける。
集落までの移動だけでも、ずいぶんかかるはずだ。
まだ帰ってくるわけがない。
そうわかっていながらも、目線を動かさずにはいられなかった。
「またなんか観るか?」
雪成が言う。
「そのほうが、気がまぎれるだろ」
「ん、そうだね。紅葉ちゃんは観たいのある?」
「あ……私は、なんでも」
そういって紅葉ちゃんは、眉をへにょっと下げた。
泣いてるわけじゃないのに、泣き出しそうな子どもの表情に見えて、庇護欲がわいてくる。
そっと手を重ねると、少しだけ驚いたような顔をされたけど、振り払われることはなかった。
「お、これいいんじゃね?」
沈んだ空気を払拭するように、雪成が言う。
彼が選んだのは、激しいアクションシーンが話題になった一作だった。
「この俳優、好きなんだよな」
「うわ、ムキムキ」
「すっごいだろ、筋肉。役作りでここまで鍛えられるのって、尊敬するよな。前に病人役やったときはガリガリだったんだぜ」
「へぇ、すごいね」
バッキバキに割れた腹筋に感服していると、ちょんちょん、と紅葉ちゃんが私の肘をつついた。
そして重ねていた私の手のひらを持ち、自分のお腹にそっと当てる。
突然の行動に戸惑いつつも、手のひらの感覚に集中して気付いた。
「え、かった!なにこれ、カチコチなんだけど!」
「えへ、私も鍛えてるんだよ。ちなみにお腹は6個に割れてる」
「え、なにそれすごい」
予想外の硬い感触に衝撃を受ける私を見て、紅葉ちゃんがいたずらっぽく笑う。
まじで?と興味津々に手を伸ばしてきた雪成の手は、セクハラになりかねないからはたき落しておいた。




