11 正体
三雲恭太と名乗ったその人は、凪さんの弟だった。
随分大人っぽく見えるけど、私の3つ年上の大学1年生らしい。
いわれてみれば、目元や整った顔立ちは凪さんに似ている気がする。
それでも、失礼だけど凪さんよりも圧倒的に恭太さんの方が美人だ。
なんでも父方の家系が美形ぞろいで、恭太さんは父方の特徴が濃く出ているらしい。
ちなみに、凪さんは母親似だという。
比べられることに慣れているのか、流れるように説明した凪さんだったが、その顔には自虐や嫉妬の色はなく、あっけらかんとしていた。
恭太さんはそんな凪さんの説明を否定することも肯定することもせず、退屈そうにあくびをしていた。
「すみません、急に話しかけられてびっくりしましたよね?」
「あ、いえ。大丈夫です」
申し訳なさそうに凪さんが言って、私は首を振った。
「この子、昔からマイペースなところがって……というか、マイペースの塊っていうか?病院に着いたっていうから迎えに来たら、霧山さんといっしょにいるし、本当にもうっ」
「うるさいな、別にいいでしょ」
ぷりぷりと怒っている凪さんに対して、どうでもよさそうな恭太さん。
どうやら性格も全然違うらしい。
みんなでこの間の会議室まで移動していると、やはり普段よりも視線を感じた。
凪さんと恭太さんが並ぶと、確かに人目をひく。
でも二人とも慣れっこなのか、気にする様子は一切ない。
私もあんな風に、周囲を気にせずに胸を張って歩けたらと思わずにはいられなかった。
「……すっごいきれいな子だから、びっくりしたでしょ?」
小声で小春さんが耳打ちしてきて、私は頷いた。
小春さんはくしゃっと笑って「二度目なのに、また見惚れちゃったもん」なんて言っていて、思わず笑ってしまった。
でも小春さんははっとした様子で「あっ」と呟いて、困ったように眉を下げる。
「最近は容姿を褒めるのもダメだったわね。聞かなかったことにして」
再度小声で耳打ちされて、私はもう一度頷いた。
そういえば、前にSNSでそんな内容の投稿をみたっけ。
ルッキズムとかハラスメントとか、私にはまだ難しくてよくわからない。
それは私がまだ子どもだからか、それとも人とのかかわりが極端に少ないからか。
どちらにせよ、そんなところにまで気を回せる小春さんを尊敬する一方、率直に「大変そうだな」なんて思ってしまった。
「先生を呼んでくるから、少し待っていてね」
会議室に私たちを通したあと、小春さんはそう言って出て行ってしまった。
正直心細く思って、スカートをぎゅっと握る。
「緊張してる?」
ふいに恭太さんに問いかけられた。
とっさに返事できずに口ごもっていると、凪さんが恭太さんの頭を小突いた。
「委縮させないの!あんた圧があるんだから」
恭太さんは不満そうな顔をしたけれど、それ以上何も言わなかった。
でも、私は不思議に思って「どうしてですか?」と問いかけてみた。
「どうして緊張してるって思ったんですか?」
「え?見ればわかるよ。だってそれ、増えてるし」
そう言って、恭太さんは私のもやを指さす。
言われてみれば、さっきよりも少し濃くなっている気がする。
戸惑う私をじっと見つめてから「本当に何も知らないんだ」と恭太さんがぽつりとつぶやいた。
「ちゃんとそう説明したじゃない」
「それはそうだけど、気づきそうなものなのに」
「えっと……?」
うろたえる私に、恭太さんはさらりと言い放った。
「そのもやは、君の感情そのものだからね」
「……え……?」
ずっと知りたかったもやの正体をあっさりと告げられ、私は放心することしかできなかった。




