105 給餌と眠気
「ずいぶん盛り上がってるねぇ」
くすくすと面白そうに笑う声に振り向くと、いつものようにラフな格好をした悠哉さんが帰ってきたところだった。
おかえり、と言う恭太さんに「ただいま」と返しながら、父とマスターの肩にそっと手を置く。
「殴り込みもいいけど、まずは理性的な方法を考えた方がいいんじゃないかな?」
穏やかな口調に、ヒートアップしていた二人もようやく落ち着いたらしい。
少し照れ臭そうに笑いあう二人には、なんだか知らないが友情めいたものが芽生え始めているようだ。
苦虫を嚙み潰したような顔をしている恭太さんには、不本意らしいけど。
「とりあえず外で話すのもなんだし、みんな中に入ろうか?頂き物のおいしいお菓子もあるから、こっちにおいで」
手招きされるまま、悠哉さんの後をついていく。
左手で、紅葉ちゃんの手を引いた。
所在なさげに揺れた瞳には、まだ不安の色が濃く残っている。
私はそれを払い飛ばすように「いこ!」ととびきりの笑顔を向けた。
※
マスターから事の顛末を聞いた悠哉さんは、顎に手を当てて考え込んでしまった。
マスターの説明は詳細なのに簡潔で、まさにお手本のようなわかりやすさだった。
喫茶店のマスターと理路整然とした口ぶりがあまりかみ合っていないような気がして、不思議な気分になる。
そういえば、マスターって家庭教師してたって言ってたな。
ちらりと恭太さんに視線を向けて、少しだけ納得した。
紅葉ちゃんは私の隣で、うつむいたままだった。
勧められたお菓子にも手を付けず、心細そうにしている。
前にマスターの喫茶店でおいしそうにお菓子をほおばって無邪気に笑っていた姿を思い出して、胸が痛んだ。
「紅葉ちゃん、あーん」
お菓子をつまんで、紅葉ちゃんの口元に運ぶ。
戸惑いつつも小さく口を上げてくれたので、そっと押し込んだ。
もぐもぐと口を動かす様子が小動物みたいで可愛くて、次から次へと給餌していると「その辺にしとけ」と雪成に止められてしまった。
お菓子で頬を膨らませている紅葉ちゃんは、普段よりも幼く見える。
困ったように眉を下げながら、一生懸命口を動かしいる様にぐっときながら、話を再開した大人たちに目を向けた。
大まかな状況説明は済んだらしく、今は父と悠哉さんが集落や本家への侵入経路を議論している。
タブレットを囲んで地図を確認しているらしい。
マスターは積極的に話に加わっているが、恭太さんは飽きてきたのか、噛み殺すこともなく大きなあくびをしていた。
「こら、集中しろ」
マスターに嗜められても「うるさい」と一蹴するので、思わず笑いそうなってしまった。
「うるさいじゃないだろ、みんな真面目に話してるのに」
「僕はあの辺りの地理には詳しくないし、聞いててもよくわからないんだから仕方ないでしょ。慣れてる人に任せとけばいいのに」
「わからないから聞かなきゃなんだろ?」
「決定事項だけ聞くよ。終わったら起こして」
「ちょっ………もう、本当にお前は……」
本格的に眠くなってきたらしい恭太さんは、座布団を丸めて枕にして、ごろりと身体を横たえた。
マスターは呆れた顔をしながらも、仕方なさそうに微笑む。
父は唖然としているが、悠哉さんにも気にする様子はないので、通常運転なのだろう。
規則正しく上下する恭太さんの肩を見ていると、こっちまで眠くなってくる。
ダメだと思っているのに、ゆらゆらと視界が揺れて、私は瞬きを繰り返した。
柔らかなまどろみに包まれるのが心地よくて、ぐらりと身体が傾くのを感じたけれど、体勢を整える気力も残っていなかった。




