104 殴りこみ
しばらく紅葉ちゃんを抱きしめていたら「うっわ」と低い声が響いた。
紅葉ちゃんにくっついたまま声の方を振り向くと、恭太さんが思い切り顔を顰めて、ドン引きの表情を浮かべている。
その視線の先には、えぐえぐと号泣している父がいた。
「え、めっちゃ泣いてる」
「……おじさん」
信じられないほど泣いている父に困惑している私をよそに、雪成が父にそっとハンカチを手渡した。
父はそれを受け取り、顔をごしごしと拭いている。
「なんでお父さんが泣いてるの?」
「なんでって……かわいそうだろ!お父さんのために……そうかぁ……そうかぁ……」
父はまだまだ泣き足りないようで、頷きながら目頭を押さえている。
「一人で抱え込んでいたんだな。おじさんがどうにかしてあげるからな」
そう言って、父はポンポンと紅葉ちゃんの背中を叩く。
紅葉ちゃんは目を見開いて、また首を横に振った。
父はそんな紅葉ちゃんに余計に感極まっているようで、もはや意味をなしているのかわからないことをごにゃごにゃとしゃべっている。
父があんまり泣くもんだから、なんだか気持ちが冷めてきてしまった。
紅葉ちゃんも戸惑いのせいか、すっかり涙がとまっている。
なんだかなぁ、と思いつつも、不思議と笑えてくるのが面白い。
「でも、どうにかってどうやって?」
「そうそう。安請け合いしないの」
私の疑問に被せるように、恭太さんが言った。
表情は柔らかくなったが、呆れているような顔だ。
父はそこまで考えていなかったようで、しばらく低い唸り声をあげていた。
「……それはまぁ、おいおいってことで」
結局いい案が浮かばなかったらしく、ふわっとした回答が返ってきて肩を落とす。
それでも、父が簡単にできない約束を口にするとも、それを反故にするとも思えないので、本当にこれから最善策を考えていくのだろう。
そんな父に、さっと手を差し出したのはマスターだった。
「よく言った!協力するぜ!!」
そう言って、二人で固い握手を交わす。
恭太さんはもう蹴りを入れる気力もないらしく、深々とため息をはいていた。
どうらやマスターも、父に似たタイプの人だったらしい。
「直接乗り込むなら、人数集めようか?殴りこみは頭数多い方がいいだろ」
「数で押せば行けるか……?でも場所が場所だから集めるにも限度があるんじゃないか?」
「大丈夫。俺の言うことには逆らわない連中だから」
「それは頼もしい!」
二人でなんだか盛り上がっているが、物騒な方向に話が進んでいるのが気になる。
そもそも、殴りこみに行く人を大勢集められると言い張るマスターっていったい何者なんだろうか?
首元の派手なタトゥーから可能性はあると思っていたが、もしかしてそっち系のヤバい人だった?
ヤクザだが半グレだか反社だか、映画やドラマの中でしか見たことのない存在が隠れ見えている気がして、私は紅葉ちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。




