表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/144

101 人質か友だちか

「なっ、なんで……私、まで……」



 ぜえぜえと息を切らしながら、紅葉ちゃんが言った。


 とにかく走って、走って、気づくと見知らぬ民家の中にいた。

 昔ながらの日本家屋という風体で、ゆったりとした庭は上品に整えられている。


 まるで映画のセットみたい。

 そう思うくらい、雰囲気のある家だった。



「お茶でいーか?」



 そういうマスターの手には、人数分の緑茶のペットボトルが抱えられている。

 息を整えながらペットボトルを受け取り、喉に流し込んだ。

 キンキンに冷えた液体の流れる感触が心地よくて、満足するまで喉を鳴らす。

 一息ついてペットボトルを見ると、中身が半分くらいになっていた。



「ぷはっ!うまー」



 私の隣で、雪成が声を上げる。

 長いこと走り続けたせいか、汗で湿った髪がおでこに張り付いていた。

 上気した頬でじっと見つめていると、雪成と目があう。

 とっさに視線を外すと、雪成が笑った気配がした。

 盗み見していた気まずさと気恥しさが相まって、黙りこむことしかできない。


 父は膝に手をついて、大げさなほど肩を上下させていた。

 それに反するように、恭太さんとマスターは息も切らせず涼しい顔だ。

 あれ、ここまで全速力で走ってきたのに?

 ちょっと意味がわからなくて、茫然としてしまう。



「こっちにおいで」



 恭太さんに促されるまま、縁側に腰かける。

 縁側から見える庭は、お世辞抜きに立派だった。

 立派な紅葉の木の下には池まであって、水面に映る紅葉の葉の中で、色鮮やかな鯉が優雅に尾びれを揺らしている。

 思わずほうっと息を吐いて、目を閉じる。

 頬を撫でる風が心地よく、火照った体を冷ましてくれるようだった。



「ちょ、ちょっと待って……!」



 手のひらをこちらに向けて、紅葉ちゃんが言った。



「え、すごい落ち着いちゃったところアレなんだけど、何この状況?」


「あー……なんだろうね?」


「そもそもなんで私、連れてこられたの?人質?」


「え、物騒……。違うよね?」



 予想外の言葉に戸惑いつつも、もしかして……と父に視線を向ける。

 父も縁側に腰かけてようやく落ち着いたのか、ずいぶん穏やかな顔をして目を細めていた。



「違う違う。なんかその、勢いで」


「勢いかぁ」


「ならしょうがないっすね」



 父の声に安堵の声を漏らすとすると、雪成も気の抜けた様子で続けた。

 紅葉ちゃんは混乱したような顔をしていたが、騒いでもどうしようもないと悟ったのか、私たちから少し離れた場所に腰を下ろした。



「いや、勢いって何なの。人質でいいでしょ」



 諫めるように言ったのは、恭太さんだった。

 呆れた顔をする恭太さんの隣で、マスターが肩を震わせている。



「え、人質はかわいそうだろ。まだ子どもだぞ?」


「子どもでも何でも、お宅のお嬢さんを攫おうとしたんでしょ?どんだけ呑気なの?」


「……でも、かすみの友だちだしなぁ。そうだろ?」


「うん」



 父に問われて頷くと、マスターはこらえきれずに吹き出した。

 その後はもう隠す気もなく、大きな口を上げて爆笑している。

 ひーひーと笑い続けるマスターの背中に、恭太さんが蹴りを入れていた。


 衝撃によろけつつもマスターが倒れることはなく「ごめんごめん」と苦しそうに言いながら恭太さんの肩に手を置く。

 恭太さんは容赦なくその手を払い落としてから、こめかみを指先でとんとんと叩いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ