101 人質か友だちか
「なっ、なんで……私、まで……」
ぜえぜえと息を切らしながら、紅葉ちゃんが言った。
とにかく走って、走って、気づくと見知らぬ民家の中にいた。
昔ながらの日本家屋という風体で、ゆったりとした庭は上品に整えられている。
まるで映画のセットみたい。
そう思うくらい、雰囲気のある家だった。
「お茶でいーか?」
そういうマスターの手には、人数分の緑茶のペットボトルが抱えられている。
息を整えながらペットボトルを受け取り、喉に流し込んだ。
キンキンに冷えた液体の流れる感触が心地よくて、満足するまで喉を鳴らす。
一息ついてペットボトルを見ると、中身が半分くらいになっていた。
「ぷはっ!うまー」
私の隣で、雪成が声を上げる。
長いこと走り続けたせいか、汗で湿った髪がおでこに張り付いていた。
上気した頬でじっと見つめていると、雪成と目があう。
とっさに視線を外すと、雪成が笑った気配がした。
盗み見していた気まずさと気恥しさが相まって、黙りこむことしかできない。
父は膝に手をついて、大げさなほど肩を上下させていた。
それに反するように、恭太さんとマスターは息も切らせず涼しい顔だ。
あれ、ここまで全速力で走ってきたのに?
ちょっと意味がわからなくて、茫然としてしまう。
「こっちにおいで」
恭太さんに促されるまま、縁側に腰かける。
縁側から見える庭は、お世辞抜きに立派だった。
立派な紅葉の木の下には池まであって、水面に映る紅葉の葉の中で、色鮮やかな鯉が優雅に尾びれを揺らしている。
思わずほうっと息を吐いて、目を閉じる。
頬を撫でる風が心地よく、火照った体を冷ましてくれるようだった。
「ちょ、ちょっと待って……!」
手のひらをこちらに向けて、紅葉ちゃんが言った。
「え、すごい落ち着いちゃったところアレなんだけど、何この状況?」
「あー……なんだろうね?」
「そもそもなんで私、連れてこられたの?人質?」
「え、物騒……。違うよね?」
予想外の言葉に戸惑いつつも、もしかして……と父に視線を向ける。
父も縁側に腰かけてようやく落ち着いたのか、ずいぶん穏やかな顔をして目を細めていた。
「違う違う。なんかその、勢いで」
「勢いかぁ」
「ならしょうがないっすね」
父の声に安堵の声を漏らすとすると、雪成も気の抜けた様子で続けた。
紅葉ちゃんは混乱したような顔をしていたが、騒いでもどうしようもないと悟ったのか、私たちから少し離れた場所に腰を下ろした。
「いや、勢いって何なの。人質でいいでしょ」
諫めるように言ったのは、恭太さんだった。
呆れた顔をする恭太さんの隣で、マスターが肩を震わせている。
「え、人質はかわいそうだろ。まだ子どもだぞ?」
「子どもでも何でも、お宅のお嬢さんを攫おうとしたんでしょ?どんだけ呑気なの?」
「……でも、かすみの友だちだしなぁ。そうだろ?」
「うん」
父に問われて頷くと、マスターはこらえきれずに吹き出した。
その後はもう隠す気もなく、大きな口を上げて爆笑している。
ひーひーと笑い続けるマスターの背中に、恭太さんが蹴りを入れていた。
衝撃によろけつつもマスターが倒れることはなく「ごめんごめん」と苦しそうに言いながら恭太さんの肩に手を置く。
恭太さんは容赦なくその手を払い落としてから、こめかみを指先でとんとんと叩いていた。




