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10 美人

 この一週間近くは、正直宙に浮いたような気持ちでぼんやりと過ごしていた。

 なるべく気にしないように、考えないようにしようとしても、気づいたら期待と不安でごちゃまぜの気持ちになっている。



「……長かったなぁ……」



 病院までの道を歩きながら、ぽつりとつぶやく。

 先生に事情を話して、今日は早退させてもらった。

 学校から病院までは歩いて20分くらい。

 バスに乗ったらすぐにつくけど、周囲の顔色をうかがいながら座席に座っているより、こうして外を歩いていた方が気がまぎれる。


 まあ、歩いていても、すれ違いざまに容赦なく視線は突き刺さってくるけど。


 病院の前には、男の人が立っていた。

 背は高くも低くもない。

 黒を基調にした落ち着いた服装をしている、若い男性。


 それでも目を引いたのは、その容姿のせいだ。

 長めの前髪からのぞく、どこか憂いを帯びた切れ長の目。

 その整った顔は中性的で、男性だとわかっていても思わずにはいられなかった。


 なんてきれいな人なんだろう。


 今まで美人をみかけたことは何度もある。

 それでも、彼は特段の美人だった。

 まあ、男の人に美人なんて言ったら怒られるかもしれないけど。


 足を止め、しばらく呆然と眺めていたら、ふいに彼が顔をあげてこちらに視線を向けてきて、ぱっと視線を逸らした。

 悪いことをしていたわけじゃないのに、胸がバクバクしている。

 いや、覗き見してたんだから、悪いことをしていたのかもしれない。

 とくに私のような人間が、あんなきれいな人を見ていたら気持ち悪がられるだろう。


 冷や汗をかきながらその場から動けずにいると、あろうことか彼は私に向かって歩みを進めてきた。

 どうしよう、どうしようと頭の中でぐるぐると考える。

 文句を言われるのだろうか、それとも軽蔑の眼差しで見られるのだろうか。

 濃くなるもやに包まれたまま、私はぎゅっと目を閉じた。


 彼のものだと思われる足音が、私の前で止まる。

 やばい、怒られる。

 そう身構えた私に、彼は涼し気に言った。



「こんにちは。霧山さん、であってるかな?」



 不意打ちで名前を呼ばれて、驚いて目を開く。

 妖艶な笑みを浮かべる彼の表情には、怒りや憐れみの色は一切ない。


 彼は私の前に広がるもやにそっと触れた。

 その白い指先を、思わず目で追ってしまう。



「霧山さん?」



 返事のない私に、彼が首を傾げる。

 私ははっとして「はい!」と返事をした。

 動揺のあまり声が裏返ってしまったけど、彼はとくに気にしていないようだった。



「とりあえず、中に入ろうか?」


「え?え……あ、は、はいっ!」



 戸惑いながらも、そう言って踵を返した彼のあとを追う。

 ピンと伸びた背筋。

 後ろ姿まで美しいその人は、ゆっくりと病院の入口へと向かう。


 外来診療は午前中だけだから、受付にいる患者はまばらだ。

 それでも、通りすがりに向けられる視線は私よりも彼に向けられるものの方が多い。


 受付の窓口で何かを話す彼をぼんやり眺めていると、パタパタと忙しない足音が耳に飛び込んできた。



「ああ、姉さん」



 そういって彼が振り向く。

 その視線の先には、彼に見惚れて頬を染めている小春さんと、呆れ顔の凪さんがいた。

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