二人の探偵による怪奇冒険譚
「なぁ、人は自分より強大な存在に会えばどうすればいいと思う? 逃げるか、戦うか、はたまた別の方法を探すのか?」
その日は曇っていた。
所長を務める佐藤樹と俺の二人だけで運営する探偵事務所に俺たちはいた。
樹はこちらに長い黒髪とコートをこちらに向けたままそう語りかけてくる。
俺はその時、その質問になんて答えていただろうか?
樹との出会いはネットだった。
SNSにて話が合い、お互い近くに住んでることが分かった。それからというものリアルで会って話をするようになっていく。
しばらくしたある日、樹が探偵事務所を立ち上げると聞と言った。その時に俺は一緒にやりたいと樹に言ったのだった。
俺は樹を尊敬している。
身体能力が高く、サバサバした性格で、決断力がある樹の事をかっこよいと思ったのだ。
そんな彼女に惹かれ、俺は一緒に居たいと思った。
恋愛感情については無いと思う。あくまで尊敬の対象であって、良き友人だろう。
そして一緒に探偵をやれば自分を変えられると思った。臆病で、パソコンしか取り柄のない自分を。
そんなサバサバした性格の樹が、その日は俺に分かるほど憔悴していた。
思えば少しずつおかしくなっていた気がする。
少しずつ疑問形の言葉が増え、笑わなくなり、動きたくないとでも言いたいかのように椅子に長く座ることが増えてきていた。
あの時、あの質問に俺は……。
もっと考えれば良かった。
もっと気の利いた言葉を返せば良かった。
そして……もっと樹の異変に気付くべきだった。
――その日を境に、樹は姿を消した。
姿を消してから1週間後、佐藤樹と同姓同名の名を持つ佐島一輝こと、俺は彼女の行方を探しに知り合いの家を訪ねていた。
「で、あんたはあの子がいなくなったのにも関わらずこの一週間何もしなかった訳や」
「仕方ないだろ、今思えばおかしかっただけなんだよ。1日、2日なら今までもふらっといなくなっていたし、それに警察には届けた」
『嘘だ』とその言葉を口に出したその言葉を心の中で否定する。
きっと本当はどこか気づいていた。彼女が居なくなったと認めたくなくって気づかない振りをしていた。
警察に届けた? 何か彼女が事件に巻き込まれた形跡がないのだ。大人である樹が友人に何もなく家を留守にしてたところで警察が本気で動くことはないだろう。
俺は自分の矛盾を認識しつつ、目の前にいる詐欺師女子大生、宇津井木里と向き合っていた。
「まぁ、ええけど。うちには関係あらへんからな」
この詐欺師とは樹の紹介で知り合い、樹の手掛かりを求めて彼女の家を訪ねた。
だが、親交があるくせに樹がいなくなろうと宇津井はハッキリと関係ないと言う。
「そっか……」
だが、分かっていたことだ。金を渡してもいないのだから金の亡者であるこの女が動くはずない。
もとより犯罪者だ。善意などで動くつもりはないのだろう。
「ちょっと失礼な事を考えてへん? それに何時もアンタはうちを犯罪者呼ばわりするけどもアンタも同じ穴の狢って事を忘れてのちゃう? 犯罪者同士仲良くしていきましょうや。ハッカー君」
「一緒にするな、詐欺師。俺は犯罪者を捕まえるためにしてるんだよ」
「だからと言ってアンタは警察でも何でもないやん。探偵だってちゃんとした捜査せえへんと犯罪者や。アンタの目的は偽善をして自分を満たすため、うちはただ悪を成して自分の懐を満たすため。そこのどこがうちと違うん?」
違うと言いたかった。
だが、否定できなかった。
宇津井は何時も痛いところを突いてくる、だからこそ俺は彼女のことが苦手だ。
「まぁ、何にせよええわ。うちも樹のことは気になるしあの子の家の合い鍵貸したる、アンタ確か家の場所は知ってるんよな?」
彼女の提案に驚く。
何も収穫が無かったと離れようとしたところでそんな提案があったのだ。それに――。
「知っているが……、何でお前があいつの家の合い鍵を持ってるんだ?」
俺は宇津井と樹の関係性は何も知らない。
だから何故宇津井が樹の家のカギを持っているか想像もつかなかった。
「それは乙女の内緒や」
その質問の答えはぼかされてしまった。
だが、ぼかすからにはやましい事なのだろう。
ならば、樹の家に盗みに入れるようにこっそりと作っていたのではないか?
しかし、今回はそのおかげで助かった。鍵も渡してくれるみたいだし、それを指摘するのはやめておこうと決めた。
だから俺は素直にお礼を言う。
「助かった。早速調べに行ってくる」
「せっかちやなぁ。まぁええわ。アタシは動かへんから気をつけるんやな。あの子はあれでも乙女やから部屋に入っても変なことしんといてや」
「しねぇよ。んなこと」
この詐欺師が樹の行方について何も知らないのならこれ以上ここにいる必要もない。
それに苦手なこの詐欺師の元から一刻も早く離れたくって、パソコン等が入った手提げかばんを持って逃げるように俺はこの家を出た。
車を運転して10分程度。
住宅街の端、一人暮らしにしては大きな一軒家。
沈みかけた太陽によって赤く染め上げられたそこに、前に尋ねた時と変わらずそこに建っていた。
石で作られた足場を踏み越え、玄関扉の前まで行く。
その扉に宇津井に渡された鍵を差し込むとすんなりと回った。
「樹、入るぞ」
実は家の中にいるかもしれないと淡い期待を乗せて声を上げる。
だが、そんな僅かな期待に応える筈もなく、扉を開けた先には夕日によって長く伸びる俺の影しかなかった。
「当然か……」
俺はその家に手掛かりがないかを探し回った。
1階のキッチン、トイレ、風呂場、客室、リビング、書斎。
2階の自室、トイレ、倉庫、2つの空き部屋。
ゴミ箱の中には何も入っておらず、食器は全部片づけられている。脱ぎっぱなしの服は無く、床にも何も落ちていなかった。
自室であろうベットが置かれた部屋にはお気に入りのコートをかけていたであろう、木のような形のコート―ハンガーには何もかかって無く、玄関にはいつも履いてる鉄で補強された靴も見当たらなかった。
そう、生活してたら出るようなゴミなく、いつも着ていた物がない。これでは自分がしばらく戻らない事を自覚して出ていったかのようじゃないか。
一通り部屋を確認した後、書斎にある黒い革の椅子に背中を預ける。
「俺に何も言わずにどこに行きやがったんだよ……。そんなに相棒の俺が頼りねえか……」
その中で漏れ出るのは自己嫌悪。
危険な仕事だろうが俺は何処でも樹についていくつもりだった。
だが、彼女が俺に何も言わずに出かけたのだ。俺は頼りにされていなかったのだろう。
「情けねぇ……。」
机に置かれた写真を見る。
それは探偵事務所を立ち上げた際の写真だ。
俺と当時高校生だったブレザー姿の宇津井、それに格闘技によって鍛えられた巨躯の男と、腰まである長い髪を一つにまとめ、黒いロングコートを着た樹。
懐かしくあり、思わず口元が緩む。
「さて、もう少し頑張ろうか」
その写真に少しだけ元気をもらい、写真を鞄の中にしまう。
そして立ち上がろうとした瞬間ふと、本棚が目に留まる。
何か違和感があった。
そのまま突き動かされるように本棚を触っていくと、ほんの背表紙だけが張り付けられた板を見つけた。
「なるほどな……」
そして板を引っ張るように動かすと簡単に外れ、カギ付きの金庫が見つかる。
樹の性格を考え、少し頭をひねった後に分厚い本を探し出し、開く。
「ビンゴ!」
そこにはその金庫の物だと思われる鍵が入っていた。
その鍵で金庫を開く。そしてそこには1冊の本が入っていた。
肌色を汚したような茶色のそれにはタイトルが書いていなく、表紙の中心にドクロの様なマークが書かれていた。
出してみると妙な感触で、今まで触ったことのないような……否。何時も触れているが絶対に本には使われないであろう感触であった。
パソコンを取り出し、スマートフォンに接続。その本を一枚一枚写真を撮り、オリジナルのソフトでそれをPDFにしていく。
だが、なぜだろうか?
俺にはその本に書かれてる文字が読めなかった。
ただ、なぜかなんて書かれてるか理解できる。いや、内容が直接脳へと叩きこまれてるかのような。
心臓を撫でられてるかの様な感触に全身に鳥肌が立つ。脳へ釘を打つかの様な衝撃に思わず自分の目を潰したくなる。
ページをめくる手が、スマートフォンを握るその手が鉛のように重い。
だが、確信があった。その本は樹を探す手掛かりになると。
だからに閉じたくなる衝動を抑え、次のページを開く。
――やがて、その本を読み終えた時には目から赤い液体が流れ、息も絶え絶えになっていた。
だがその甲斐があったのか今まで見えなかったエネルギーの塊みたいなものが反対側の何もないはずの壁にあるのが分かった。
そして、頭の中に広がるその呪文を唱えればそのエネルギーは扉となり、どこかへつながるとも。
俺は書置きを残す。
嫌味ったらしい詐欺師か、写真に一緒に写ってた筋肉馬鹿へと。
「樹のやつ、見つけたら文句言ってやる。頭クッソ痛てぇんだぞ」
呪文を唱える。
本を読んだ時よりはマシだが、相も変わらず心臓を撫でられるような気持ち悪い感覚。
だが、それでも唱える。
「俺たちは相棒だろ?」
――その一言を伝えるために。




