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勇者が魔王で魔王も勇者で。


 閃光が走る。そして、魔王は封じられる。

 ――はず、だった。



勇者オレ魔王オマエで、魔王オマエ勇者オレで!?-勇魔統合戦記-】



 魔王が死んだ。

 魔を統べる者の肉体が、傀儡(くぐつ)のように地に崩れ落ちる。そして肉体は足元からゆっくりと灰となり、風に流されるようにして消滅した。


「……ッハア、ハァ。……や、やったのか?」


「……」


「ッハア、ハッ……っ」


 目の前に居た魔王の姿が今は無い。

 それは消滅を意味しているようだったが、万に一の可能性を警戒し勇者は問う。

 問う先には、杖を掲げた魔法使いが居る。透き通るような彼女の肌は神々しい魔法陣の光に照らされ、天使のような佇みを見せていた。


 しかし、彼女の斜めに流した前髪から覗く大きな瞳が、不安げに揺れていた。

 視線は彼女自身の前方、宙に描かれた六芒星の魔法陣を見詰めている。


「……分からない。消滅したのなら、気配が消えてるはずだもの。だってこの気配……魔王以外ありえないわ。まだ闇の……深い気配がする……」


「クッ……どこかに隠れたのか」


 勇者は剣を握り直す。黄金の柄は、両手の汗と地の粉塵により今にも滑り落ちそうだった。

 防具を付けた双肩を大きく上下させ、いつ何時刀身を交えても良いように呼吸を整える。

 彼のこめかみを伝い、一筋の汗が魔王の灰が混ざる渇いた地に溶けた。


「いいえ、違う……」


 その時、勇者の後方より支援魔法を詠唱していた魔法使い――エミナ・ロムア――が何かに気付いた。


「さっきの光は、封印の巫呪(ふじゅ)。ヴェレラータの預言書に記されていた、魔王を唯一封印出来る呪文よ。だから隠れた訳じゃないの。……でも……」


 彼女は何かがおかしいと、眉を顰めた。


 魔法陣が、消えていない。

 呪文詠唱の後、本来であれば魔法陣は消え術の遂行が完了される。

 それが宙に浮いたまま発動中という事は、少なくとも「遂行完了ではない」――その事実に彼女は気付いていた。


「……嫌な、予感がする」


 彼女は小声を漏らした。そしてそのまま、魔法陣をじっと見直す。そこに記された巫呪のスペルを一字一句見落とす事無く、読み直す為に。


 杖の石突で描き発光した軌跡は、一つの陣となり一つの効果を生み出す。それが、彼女の唱えた封印の巫呪(ふじゅ)――その意は「魔王を封印し、世界に調和と統治をもたらす呪文」である。


 彼女が杖をゆっくりと下ろし、しかし視線は六芒星の形を辿りぶつぶつと小さく詠唱を反芻している時だった。


「ッ!!」


 勇者の身に、急激な吐き気が襲い来る。胃の底からマグマが沸き立つようなその不快は脳へと脈動を届けていた。


「なんだ、これ……っ。まさか、何か魔王の……魔法……」


「………………………………あ」


「エミナ、どうした?」


「…………クロノ、ごめんなさい」


「? なにが――」


 勇者が吐き気と眩暈に苛まれつつもエミナを振り返ろうとしたその時だった。


 どこからともなく魔王の言葉が空をつんざく。


「ふ、フハハハハハハッハハ! 貴様等、我を封じそびれたな!」


「クッ! 魔王、貴様ッまだ生きてたのか……!」


「…………」


「当たり前よォ。これしきで滅びる我ではないわ。……く、くくくククッ。小娘には礼を言おう。よもや呪文の詠唱スペルを間違える、とはなァ?」


「なッ――!」


「…………」


「封印の巫呪(ふじゅ)は、一生に一度しか使えぬ高等の呪文。フ、フハハハハハハハハハハハハッハハハ! さァ、恐れよ。崇めろ。勇者よ、我の為に跪け!」


「くっ、そうは……っそうはさせない……ッ!」


「…………ねぇ」


「クックック。気高き乙女でない事は解せぬが、まずは貴様を我への供物としてくれよう。光栄に思うが良い、勇者クロノよ」


「ッ……誰が……っ貴様なんぞに……!」


「…………ねぇってば」


「往生際の悪い奴よ。であれば勇者よ、貴様に世界の一割をやろう。一割だぞ。落とし物を拾った時と同じだ、割に良いだろう? さあ、その身を早く我へと捧ぐのだ」


「イ……ヤダ……んぎぎぎっ」


「ちょっと!!」


「「なんだ、今忙しいんだッ!!」」


「コントみたいだから止めて。マジウケる」


「「元はと言えば、貴様/お前の所為だ/だろ!」」


 勇者と魔王の声が重なり、木々に木霊する。


 エミナは膝を折るか折らないか葛藤する、勇者クロノの《《一人芝居》》を眺めていた。無論というべきか、片手で口を覆い笑いを堪えながら。


 対する勇者は剣先を地に刺し、まるで重力が増したかのように半立ちの格好で立ち上がろうとしている。


 そして魔王はというと。

 灰となり朽ちたが故にその肉体は無く、しかし勇者の口をスピーカー代わりとして高笑いを続けていた。


「ハ、ハハッハ。っはあ、はあ……諦めてはどうだ勇者よ。その汗では長くはあるまい」


「くっそ、僕の口を使って勝手に喋るな……クソっ」


「ええい、往生際の悪い小僧だ。貴様が我にその肉体を明け渡せばすぐに済む話だと言っておるだろう」


「うるっさい、元々僕の身体だ。明日はゲームガールアドバンズ・最新ゲームのエンジェルクエストⅢの発売日なんだ、魔王に身体を乗っ取られて堪るかっ」


「貴様、一体何を言っている?!」


 汗だくになり歯を食いしばる勇者。

 そして、いまだ世界を我がものにしようと意地の悪い笑みを絶やさぬ魔王――もとい、勇者。


 勇者は、文字通り己自身と戦っていた。


「なあ、エミナ。これどうなってるんだ。なんで僕の口から魔王の声が再生されてるの」


「あー……あははは、は。ごめんね、クロノ。実はちょお~っち手違いがあってぇ…………」


「手違い?」


「…………マジ、メンゴね?」


 エミナが杖を回転させる。

 杖頭を魔法陣へと掲げ小さく呪文を唱えたと同時に、宙に浮いた魔法陣が黄金色の輝きのまま高い音と共に縮小。そして、収縮した魔法陣は、蝶のようにひらひらと揺蕩たゆたい、勇者の胸元へと寄る。


「え? わ、ちょっと、なに……っ」


「魔王ノア・アークよ、我が名エミナ・ロムアの名の下に、契約者を以て貴様を封する。契約者の名をクロノ・スターブル――の者を主とし、たけ御霊みたまを封じたまえ」


「ぐうっ、小娘……貴様ァ謀りおったな……!!」


「てか封じそびれるなんて、マジチョベリバ。悪く思わないでよね。――封」


「ちょ、エミナっ?! え? なに、ま、待って……っ」


 三者――正確には二者+一者の魂――が光に包まれる。魔法陣を中心とした突風に、勇者は剣を取り落とし両腕で顔面を庇った。


 クロノは体内で収縮する魔王の気を知覚する。口を突いて出ていた言葉は今は無く、ゆっくりと気が小さくなっていく。最後には感覚的に手の平大ほどの大きさとなると同時に、籠に鍵を掛けたようなカチャンという音が頭に響いたのを感じていた。


 やがて光は消える。そして勇者が目を開けた時目の前に魔法陣は無く、代わりに鎖骨の間――胸元に手の平大の魔法陣が張り付いていく様子を目の当たりにした。


「……え? ま、魔王は……? ねえ、エミナ。この魔法陣って一体……?」


「呪文、間違っちゃった……っていうか……結果的に封印したのがクロノの体内になっちゃったかもしれない~、みたいな?」


「ハ……?」


「マジメンゴ! だってこうなったら魔王を倒すにはクロノを殺さなきゃいけないじゃん? それは嫌じゃん? だったらもう、そのままクロノが魔王を抑え込んで管理してあげれば丸く収まるんじゃね? マジ名案じゃん、みたいな?」


「……え?」


「大丈ブイ。手脚とか主幹――肉体にはほとんど影響しないから、さっきよりは生きやすいはずだシィー」


「……え? え?」


『封された事は解せぬが、まあ良い。貴様が我に肉体を明け渡すまでの時間に猶予が出来た程度の事。よくやったぞ魔法使いの小娘。貴様は見目も良い。我が世界を統治した暁には、右腕としての称号を与えようぞ』


「わあ! 頭の中から声がする! 口が勝手に動くのも気持ち悪い!!」


「げ。マジウザ」


『……ク、クク。偶然たる好機。勇者如きの身体であればおおよそ朽ちれば我の魂は解放されるに違いないわ。……ククク、ヴェレラータの神々は魔を統べる我に味方したのだ。さァ、勇者よ。貴様の肉体、我がゆっくりと浸食し蹂躙し、その魂の全てごと貰い受けようぞ!』


「クロノ、ガンバ」


 勇者の頬が引きる。ココに自分の味方は居ないのだろうかと、考えるより先に口を開くしかなかった。


「え? ちょ……な、なんじゃそりゃあああああああああああああああああああああ」

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