第四十四話 見つけた
今後の行動方針とは言っても……基本的にはローブの新調が済むまで待つ、それ以外にないわけで。
私達の話し合いはほとんど、待つあいだの食と住、それらのための資金繰りという点に終始した。
物が多いからか人が多いからか、店が多いからなのか、はたまたここが教都だからなのか。理由はよく分からないけれど、とにかくここ教都は、これまで訪れた町と比べて明らかに物価が高い。
当然、宿やその類の店も例に漏れず。大きな宿であることを加味してもなお、ほかの町と比べて宿泊料は割高だ。
それでもまぁ数週間とかそのくらいの期間なら、貯蓄を切り崩しつつ、今まで通り魔物を狩ったり日雇いの依頼をこなしたりで何とかなるのだけれども。
私達の、教都での滞在期間。推定2か月弱。
ええ、2か月。
ローブを新調するのに、2か月。寸法を測り直しての特注品で、魔法の触媒としても優れた素材を使っていて、おまけに精霊様の加護まで賜るというのだから、それは当然2か月ぐらいかかるものなのだろう。
そう、当然、当然の事だ。
まぁ、そもそもこれ自体が巡礼官の定期的な教都帰りを促すものであり、帰ってきたからには一定期間教都に滞在させようとする意図がある……っていうのはカナエの言。
それに、そうして帰ってきた巡礼官達には、教都での精霊教徒としての活動と引き換えに、滞在拠点の提供や補助金?のようなものが出る制度もあるらしい。
つまりカナエ1人に関しては、食も住も特に問題ないという事ではある。
「取りあえずカナエさんには、その制度を活用してもらうとして」
とセレナが言ったときの、カナエの寂しそうな顔といったら……
宿も別、働き口も別ってなると、当然ながら毎日顔を合わせるのは難しくなるだろう。
それに対して、私とセレナは変わらず一緒に行動する。私達までばらばらに行動する意味はないしね。
正直、除け者にしているような感覚に陥ってしまい私もつらい。つらいけれど、なるべく貯蓄を減らさずに過ごすには、カナエを精霊教に預けた上で、私とセレナは一定期間賃金が保証される安定した依頼を見つける、これが最善手なのだ。
「ミーニャさん……私の事、忘れないでくださいね……」
「絶対、絶対忘れないよ」
「ミーニャさん……」
「カナエ……」
「ミーニャさん……!」
「カナエ……!」
「はいはい、そういう今生の別れみたいなのいいから。べつに、会おうと思えば会えるでしょ。っていうか普通に2、3日に一度くらいは会えるって」
「必ず、迎えに行くから……!」
「ミーニャさんっ……!」
「だーかーら、そういうのはいいってば……あれ、てかこれ、むしろ私が除け者みたいになってない?あれ?あれー?」
うん、まぁ、そういう小芝居があったりなかったりした後。
カナエは援助を受けるべく再び精霊教区に、私とセレナは職を求めてギルドに、それぞれ別の道を歩み始める……
「確かここを曲がって……」
……その前に。
せっかくなのでカナエの師匠という人物に会いに行く事になりまして。今現在こうして、精霊教区併設の居住区を彷徨っているというわけ。
「いや、もう1つ先だったか……?」
ここは主に、精霊教関連の偉い人達の家とか、ちょっと偉い人達の家とか、あんまり偉くない人達の家とか、カナエのような外から帰ってきた巡礼官達の宿舎とか……要するに、精霊教に積極的に関わっている人達の居住区画。
元巡礼官で、そして年老いた今でも、変わらず精霊教に属しているカナエの師匠の家も勿論ここにある。なんでも、カナエが巡礼官になるのと入れ替わりに引退して、ここに住む事にしたらしい。
カナエが師と一緒に教都にいたのはほんの短い期間で、そのとき住んでいた家はカナエにとってほとんど宿のようなもの、だったのだろう。
だから家がどこにあったのかうろ覚えなのも仕方がない、そう、仕方がない事なのです。
例の地図らしき冊子にも、流石に個人の家までは載っていないようで。私達は今、おぼろげなカナエの記憶だけを頼りに、目的地に向かっているところなのだ。
「これってもしかして、教都入り3日目も、歩き通しになる感じのやつかな……」
あちらこちらを窺いながらいつもより幾分かゆっくり進むカナエの後ろで、ぼそりと呟くセレナ。
その顔は、自分の言った事が現実になるって半ば予見しているかの如く、妙に悟ったようなそれだった。
朝にしては遅く、昼にしては早い、大体そんな時間帯。
教都に来るまでに最も暑い時期は過ぎて、むしろ涼しさが寒さに変わり始める(らしい)季節だから、歩き通しだと暑さにやられるってわけではないし。
そもそも、私達が滞在している宿も同じ居住区内にあって、まだそんなに長い距離を歩いたというわけでもないけれど。
「……もしかしたら、そうなるかもしれない」
さっきから何度か道を戻ったりしている辺り、セレナの言う通り、今日もまた街中を歩き続ける事になる……かも、しれない。
まぁ、いざとなったら。
「いざとなったら?」
「私が背負っていく」
「それは恥ずかしいから、遠慮しとこうかな……」
ちぇー、だめか。
「ええっと、そう、ここを左に…………あっ!ありました、あそこです!……多分」
最後に小さく付け加えられた「……多分」という言葉が、若干の不安を誘うものの。
幸いにもセレナの予見は外れ、昼食をはさんだ後、私達は何とかカナエの師匠の家(多分)に辿り着く事が出来た。
「うん、予定より全然早く着いた。やったね」
昨日の経験からか、『教都内での移動は時間がかかるもの』というイメージが出来上がりつつあったらしいセレナは、まだ日も高いうちに目的地に到着できた事に安堵しているようだった。
「すいません、2人には迷惑をかけてしまって……」
多分、扉に書かれている『コフト』というのが、家主の名字か何かなのだろう。
微妙に感覚が狂いつつあるセレナに謝りつつ、その文字を見たカナエが、今度こそ確信をもって私達に告げる。
「大丈夫、ここで間違いありません」
そして扉に手をかけ――
「っ」
――体を強張らせた。
「……どうかした?」
先程までのどこか弱ったような表情はどこへやら、カナエの顔は幾分か緊張を孕んだものへと変わっている。
「中から、人の気配が全くしません……いえ、私の気のせいという事もあり得ますが」
気のせい?カナエが?
扉の向こう、隔たりの向こうへ進むとき。そういうときに、カナエがその先の気配を読み違えた事なんて、ほとんどない。
「もう住んでいない、というのは?引っ越したとか」
私のその言葉にカナエは首を振る。
「でしたら、表札は外されているはずです」
確かにその通りだ。だったら、
「……何かあった、とか」
真剣なカナエの表情に、こちらもつい良くない想像をしてしまう。
と、そこで。
「あのー」
張り詰めた雰囲気の私達の背中に、セレナがおずおずと声をかけてきた。
「何か、分かった?」
「いや、あのその」
変に言い淀むセレナに、顔を向けようとして――
「多分、普通に出かけてたんじゃないかなって。ほら」
「人の家の前で、何をしている?」
――いつの間に。
全く、そうとしか形容できない。
振り向いた先、困ったような顔をしたセレナの、その後ろに、いた。
私や、カナエにすら気取られる事なく、容易く私達の後ろを取ったのは、1人の男。
老人、なのだろう。
白く短い髪や、顔に手に刻まれた深い皺は、その人物が相応の年を重ねてきた事を、確かに物語っている。
しかし、その精悍さは。
枯れてなお、衰えてもなお。
今の今まで全く気が付かなかったというのに、その存在を眼前に認めてから。
思わず気圧されてしまうほどの、その威圧感は。
『老人』というよりも、『老兵』を思わせる、それ。
この男は、一体――
「師匠!ご無事で!」
「無事も何も、昼食に出ていただけなのだが」
――ですよねー。
「いやぁ、2人とも当たり前のように『何かあった』感出すからさ……これ私がおかしいのかなって……」
その、私もなんか、カナエの真剣そうな雰囲気に呑まれてしまったというか。
あれだね。私って結構、流されやすいところがあるのかもしれないね。
「うん。確かに、それはあるかもしれない」
えー。
と、いうわけで無事、何事もなく。カナエのお師匠様、ロスノウ・コフト氏と会う事ができました。
「ローブの新調、か」
「はい」
コフト氏の家は、本人曰く「典型的な独り身男性の一軒家」だそうで。
物も少なく建物自体もそう大きくない、何というか、正直に言いうと普通の家だった。流石に口には出さないけれど。
「では、2か月ほどになるな」
「はい。そのあいだは、本部付になるかと」
テーブルを挟んで、片方は長らく使ってなかったらしい2つの椅子に座る師弟……と、その傍らに立つ部外者約2名。
先程から会話はもっぱらカナエとコフト氏によるもので、私とセレナは置物のように、カナエの斜め後ろでだんまりを決め込んでいた。
「寝床は、宿舎を利用するつもりか」
「はい、その予定ですが」
気まずい、というほどではないけれども。
一応、最初で軽い自己紹介は済ませておいたし、私達が強いて口を挟む事もないかなぁと。
「ならうちに泊まれ。どうせ私以外誰もおらん」
「よろしいのですか」
お、なんやかんやでカナエの宿泊地が決まりそうだ。
「折角帰って来たんだ、鍛え直してやろう」
「……お手柔らかにお願いします」
眼光鋭いこの人の「鍛え直す」っていうのが、一体どれほどのものなのか。知るのが少し怖いような。カナエがお手柔らかに、なんて口にするくらいだから……公園できゃっきゃうふふしながらの走り込みとか、そんな程度では勿論ないんだろうなぁ。
「君らもどうだ。狭いから雑魚寝にはなるだろうが」
なんて他人事だと思ってたら、急にこっちにも来た。
「え、あ、いえそんな。悪いですよ」
いきなり話しかけられて少し驚きながらも、丁重にお断りするセレナ。
さすがに、今日会ったばかりの人の家に2か月も滞在するなんていうのは、結構物怖じしない方の私達でも気が引ける、かな。
「教都は物価が高いだろう。定住するならともかく、2か月もその日暮らしではその内干上がってしまうぞ」
「干上がる」というのは面白い表現だけれど。確かに、実際その辺りは切実な問題ではある。
「えーっと。一応、しばらくの間継続して雇ってくれるところを探そう、と思ってるんですが」
数か月から年単位での長期雇用を探す、というのはなにも教都に限らず、旅人が一つ所に長く滞在する時の常套手段だ。
その日その日で適当に魔物を狩ったりするよりも、そっちの方が安定して生活できる事が多い。上手くすれば、宿や食事を提供してくれる事もあるし。
「ああ、まさしく旅人の鉄則だが……とにかく人の多い教都では、割のいい仕事、長期で宿付き・食事付きなんていう依頼は、それこそあっと言う間に埋まってしまうぞ」
「あぁー……確かに。なんとなく想像は付きますね……」
「だろう?」
「では、あぶれてしまった旅人達はどうする…………の、ですか?」
セレナばっかり喋るのも何なので、私も会話に加わる。
普段はあんまり、こういう畏まった喋り方はしないから、ぎこちなくなってしまったけれど。なんだか、この人にはこうしないといけないような気がする。
「遣り繰り出来る程度の短期滞在、一山当てる、身を削る……後は、酒屋で意気投合した都民の家に転がり込む奴もいると聞く」
指折り数えながら例を挙げていくコフト氏だけど……
……うーん。
この中で私達に出来そうなのは、『身を削る』くらいかなぁ。
今更言うまでもなく私は食べなくてもいいし、正直どこで寝ようとも体の調子は変わらないから、道の隅っことか建物の影とかで寝ていても特に問題はない。つまり、私1人分の諸費は、その気になれば丸々浮かせる事ができるのだ。
……ただまぁ、これが『人らしい』方法かと問われると、かなり微妙なところではある。それに恐らく、セレナもカナエも許可してはくれないだろう。嬉しい事にね。
『一山当てる』は、何をどう当てるにしろ博打以外の何物でもない、というかほとんどその日暮らしと変わらない。
『短期滞在』は前提からして無理。
『転がり込む』は……それこそ今、コフト氏に持ち掛けられている提案。
「あー、っと、そうですね……取りあえず、ギルドで仕事を探してみないことには、何とも」
結局のところ。
歯切れ悪くセレナが言った通り、仕事がある事を願って、ギルドに行ってみなければ始まらない。いい仕事がなければ……まぁ、うん。
「そうだな。ギルドはここからそう遠くない、行ってみると良いだろう」
「は、はい」
「終わったら、宿を引き払ってうちに来るといい。ひとまず職が決まるまでは、泊まっていけ」
有無を言わせぬ、っていうか。悪意はないけど、断りづらい感じだ。
「あの……」
「ん?」
「初対面なのに、なんでそんなに親切なの……なん、ですか?」
表情に乏しく、喋りもどこかぎこちない私を見て、警戒してる、とでも思ったのか。
ロフト氏はふっと相貌を崩し……いや、にやりと笑って。
「なに、偏屈な弟子が知り合いを2人も連れてきたんだ。どんな奴らか知りたいと思うのは、師として当然の事だろう?」
なんて言う。
むむ。結構、かっこいい事を言うじゃないか。
「――で、どうだった?」
しばらくの会話の後、言葉通りギルドへ向かった私達でしたが。
「長期の依頼、あるにはあったんですけど……」
「3か月、食事付きの宿無し、でした」
なんとか、仕事は見つかりました。
「重畳。宿代は安くしておいてやる」
「「…………お世話になります」」
それから、宿も。
「まあ、離れ離れにならずに済んだ、という事で」
「それに関しては、まさしく重畳」
「はいはい、ごちそうさま」




