第四十二話 向かった
人大陸中央部の森の中、西側の方では限りなく東寄りなあの集落から大陸南端に近いリンカの町まで行くのに、およそ1年以上かかった。
ならばそのリンカの町から、西の端、来た所とは反対側の教都まで行くのにもまた、同じく1年以上の時間がかかってしまう……
……なんていう事は勿論なく。
恐らく半年ほどで教都に辿り着けるだろう、とは出発する前のカナエの弁。
理由は簡単。
今回は巡礼官の仕事をしながらではないから。
それから、より西側の方が発展しているから。
教都は、この大陸西部において最も重要な、中心的な都市であると言っても過言ではない。それはそうだ、精霊教の中心地なのだから。それなら西側の中央辺りにあった方がいいんじゃないかと思うのだけれど……精霊教の昔の偉い人達はどうしても、精霊大陸に最も近く船での行き来が可能な、大陸西端に首都を構えたかったみたい。
立地に関してはともかく、象徴的な意味での中心地というからには当然、他の町…というか西側全土から、人や物が集まりやすくなければならないし、実際、西側で一番人や精霊が多く住まい栄えているのは、まず間違いなく教都だろう。
そして、そんなふうに西側の人や物や思想、あらゆるものが集まってくるためには、それらをすべからく教都へと導く流れが必要。
つまり、街道だ。
大陸西部に張り巡らされた街道は、西側に行くにつれてより多く、より大きく、より安全に快適になっていくという特徴がある。
1つの街道を西へ西へと辿っていくと、それはやがて他の街道と合流し、幾度もの合流を重ねた街道は大きな流れとなって教都へと続いていく。
大きな街道では常に人の往来は絶えないし、するとそういった道行く人達を相手に商売をする、所謂露店のようなものが現れ始める事も多い。
物品の売買が行われるようになるというのは、そこでお金の流れも生じるようになるという事だし、そうして生まれた流れはさらなる物流を呼び込む。
そんな人同士の営みが盛んになってくると、やがてそこで飯屋や宿屋といった、より人やお金を引き留めるような商売も行われるようになるし、そうなればそこにしばらく滞在する旅人とかが現れるのも、まぁ当然の話。
そう言った旅人が食い扶持を稼ぐためにも、また人が集まった以上は魔物やら何やらの対処もきっちり行う必要が出てくる事からも、そこにギルドの支部なんかが建てられるのもごく自然な流れといえよう。
するとどうでしょう、大きな街道がいつの間にか、立派な町に。
そんな、道の流れの中でいつの間にか人が集まって形作られた町が、西側にはいくつもある。
そうして出来た町同士もまた街道によって繋がれるし、大きな町同士を繋ぐ街道は当然、より大きく安全なものになる。
そういった、いくつもの大道が最終的に行き着くのが、教都。
…ていうのはまぁ全部レゾナから教わった事で、私自身それを身を持って体験するのは、当然ながら今回が初めてだったんだけどね。
つまり何が言いたいかっていうと、西端に向かって大きな街道を進んで行けば、教都まで安全、快適、かつ迅速に辿り着けるっていう事。
地図を見ながら最短ルートを選定しつつではあるけれど、何せほとんど道に沿って進むだけなものだから、正直、道中で特に印象に残るような出来事は無かった。
勿論、道すがら通った町はどれも、これまで訪れた町や村よりもずっと大きくて、その事自体は私の好奇心を刺激してやまないものではあったのだけれど。そのほとんどが1泊2泊する程度で素通り、たまに数日滞在してもそれは旅費を稼ぐ為であったりして、それぞれの町を見て回るなんて事は全くといってよいほどしなかった。
今の私達の目的はあくまで1つ。さっさと教都へ行って、ローブを新調する事なのだから。
それに、用が済んだらリンカまで戻るつもりだし、その途中にでも見て回ればいいかなーっていうのと、大きな町という事ならそれこそ、到着地の教都に勝るものはないだろうっていう考えとかもあったから。
途中の町に関しては正直、今回は素通りでもいいかなーって思っていました、はい。
…あ、そういえば一度だけ、1泊した町の近くにたまたま精霊宮が出現した事はあった。
調査に協力しようかとも思ったのだけれど……やっぱりある程度大きな町なだけあって、冒険者とか巡礼官達はすぐに集まって特に人手が不足するような事もなさそうだったから、今回は調査への参加は見送った。
私とセレナは、近くに精霊宮が現れるのはカナエと出会ったとき以来だったから、少し気になりはしたけれど……まぁ、やっぱり今回はカナエの用事優先って事で。
と、そんな感じで道中は特に何があったというわけではないのだけれど。
それとは別に、私は心中でいろんな事を考えたりしていた。
例えば、少しの不安。
精霊教都市、精霊教の中心地というからには当然、それはそれは熱心な精霊教徒の人達が大勢いるのだろう。
数回程度ではあるけれど、熱心過ぎる教徒の方々と関わって大変な目に遭ったのは、私の1年ちょっとの旅路の中でもかなり印象深い事として記憶に残っている。結局それらは、最終的には私にとって大きな意味のある出来事だったとは思うけれど、だからといって、今後も進んで嫌な思いをしたいというわけでは勿論ない。
私が最も恐れている事態は、あの林の中でのように私が人ならざるものだという事がばれ、やれ精霊だの化け物だのと変に注目されてしまう事。魔獣の類であると知れたらあっという間に討伐されてしまうだろうし、精霊として首を垂れられても、それはそれで困ってしまう。というかその場合も多分、すぐに正体がばれてどっちみち討伐コース一直線だろう。その辺の町や村ならいざ知らず、流石に教都ともなれば、精霊かどうか判別する方法とかも用意されてそうだし。
つまり私は、教都でカナエのローブが仕立て終わるまでのあいだ、単なる旅人、巡礼官の一協力者として極力目立たない様にしなければならないのだ。
勿論変な事をするつもりはないし、大人しくしている限りは正体を簡単に見破られるとも思わないけれど、万が一を考えるとやっぱり、一抹の不安のようなものはどうしても湧き上がってしまう。
…しかし、それでも。
私は教都へと向かう。
私が、教都へ行く事を拒まない理由。
カナエとセレナと、まだまだ3人で旅を続けたいっていうのは、当然の事だけど。
不安を凌駕するほどの、大きな好奇心。
結局、私を突き動かすものはそれなのだろう。
実際に体験した出来事はさておいて、精霊を信仰するっていう人の営みそのものが私にとって興味深いものである事は、今でも変わらない。
単に仲良くするのではなくて、自分より格上の存在として崇める。
正直私からしたら、体の作りはともかくその中身、つまり心とか意思っていう部分では、人も精霊も変わらないように見える。それなのになんだって人々は精霊を敬い、精霊はそれを受け入れるのか。それが、不思議でならない。
そんな活動が最も盛んな教都に行けば、信仰の意味が多少なりとも分かるのかもしれない。
だから。
後はまぁ、首都っていう大規模な生活圏を見てみたいとか、西側一大きいらしい大図書館に行ってみたいとかいろいろあるけど、大体そんな感じ。
不安はあるけれど、それ以上に楽しみ。
要するに、私の旅路は相も変わらずそういう事なのだ。
目的地に対する思いはそんな感じでいいとして。
もう1つ私が道中で気にかけていた事といえば、そう、カナエについて。いや、カナエについて考えているうちに気付いた事、って言った方がいいかな。
リンカの町でセレナからいろいろ聞かされてからしばらくは、正直どうにも、カナエの事を今まで以上に意識してしまっている自分がいた。いや流石に、たどたどしい喋り方とか態度とかはすぐに収まったけれど。
嬉しいんだけど、その、耳の事とか、私の予期していなかった部分で、そういうのを強く感じさせられるのはなんていうか、自分でも思っていた以上に照れるというか。
それに、カナエが私に対して、思っていた以上の好意を寄せてくれていた事を踏まえて、改めて自分の言動を振り返ってみると…
…ちょっと、その……ねぇ?
あの宿で、ノムとレムに耳さわらせろーなんて言い寄っていたのは、意を決して耳を触らせてくれたカナエからしたら結構面白くない事だったんじゃないかって、後になって分かったていうか。
そもそもカナエに対しても、気になるからなんて理由で頻繁に耳を触ろうとしていた事自体、あんまり良い事じゃなかったっていうか、軽々しくする事ではなかったんじゃないかっていうか……
その、結果的に触らせてくれたっていう事は、すごく嬉しいけどね、うん。でも、獣耳の持つ重要さを知ってしまうと、嬉しいと同時に悪い事したなぁって気持ちにもなるというか。
とにかく、好意を持ってくれているのなら尚更、その辺りはもっと慎みを持つべきだったかなと、流石の私も反省したわけでして。
今後は、獣耳に触るのはちょっと控えようって、そんなふうにカナエの事とか自分の事とかを考えている内に。
私はふと、ある事に気が付いてしまったのだ。
私はこれまで、セレナに対しては気持ちを伝えるためにって事で、言葉で表してみたり、時には手を繋いだり抱き着いてみたり、まぁいろいろとしてみたものだ。最近はちょっと控えめというか、落ち着いてきたけれど、それにしても、後から振り返って、自重すべきだったかもーだなんて、全く考えた事もなかった。
なのに、カナエに対しては、不躾に耳を触ろうとしていた事を後から反省している。
これって、何だか変じゃなかろうか。
…あ、他の人の獣耳を追っかけていた事は勿論、心の底から申し訳なく思っていますが。
こう言うと自惚れているみたいでなんだけど。私がセレナからもカナエからも好かれているのはまぁ、間違いない。それくらいは分かる。
でもそれに対して、気持ちを返すために。
セレナにはもっともっとって近づいて、カナエには、悪い事したかなって一歩引いて。
同じ事のはずなのに、何故か正反対の事を考えている私がいる。
それを自覚してからは、これもまた新しい悩みの種になったっていうか。
いや、悩むっていうほど嫌なものではなくて。ただ、どうして違うのかが気になる。すごく。
私の中では、2人とも特別。でも、その2人へのあれこれもまた、別々。
これがつまり『好き』っていう気持ちの、方向性の違いなのかな、とか。
て事はどっちかはもしかしたら、恋愛の方の『好き』なのかな、とか。
いやいや、決めつけるのは早計なんじゃないかな、とか。
いろいろ、考えたりしていたわけです。
…とは言ってもまぁ、セレナとカナエについてとか、2人を好いているだの2人に好かれているだの考えるのは、それ自体も私にとっては楽しい事というか、それを考える事もまた『好き』なので。
悶々と、って感じではなかったけれどね。
考えながらもとりあえずは、心の赴くまま……いや勿論、自重はしますけれども。
セレナとのスキンシップは今まで通り、それなりに。
カナエに対しては、むやみやたらと耳を触るのは控える様にして。あくまでむやみには、ね。
汗は今まで通りセレナから貰って。カナエからは……やっぱり、向こうが良いって言ってくれるまではお預け。でも、教都へ向かう旅路の途中から、セレナから貰うのをちょっっっっとだけ興味あり気な感じでちらちら見るようになった……気がしないでもないから、そのうち許可が出るんじゃないかって、少し期待しちゃったりなんかして。
カナエの私への態度を観察して、カナエは私の事をやっぱり恋愛的な意味で好きなのかなーとか考えてみたり。私がじーっと見てるのに気付いた彼女に「どうかしましたか?」なんて聞かれて、不躾なのを反省したばかりじゃないかと、また自分を戒めたり。
そんな私達を見たセレナが、妙に楽しそうにしていたり。
まぁ結局、セレナがうっかり喋っちゃたからって、私達の関係が劇的に変わるなんて事はなく。今まで通り、わいのわいの言いながら3人で旅路を行く、と。
なーんて。
気が付けば、教都もすぐそこですよ。
えっと、ここまで来るまでに町を……いくつ訪れたっけ。もう途中から、町も道も大きくなって常に人が絶えない状態だった。
思えば、丁度リンカあたりを境に、西と東で人の多さとかが段違いだった。それは町の中だけではなく道行く人達の数にも言える話で、西へ行くほど人が、特に人間とエルフ、あと精霊が増えていったような感じがする。
私達がこれまでいた東側って、なんていうか、田舎だったみたい。
寄り道も足止めも無かった事。道が大きくて快適だった事。みんな健康体だった事。えーっと、あと、天気が良かった事っ。
そんなこんないろいろで極めて順調に進んだ私達は、半年かかる予定が5か月半くらいで、無事、精霊教都市アルベディアへとたどり着いた。




