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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第五章<精霊教都市編>

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第四十一話 変わった

 夜。


 大半の人々が寝静まったリンカの町。

 大小様々ある宿のうちの1つの、そのまた大小様々ある部屋の一室で、静かに佇む2つの影があった。



「―っていうこと」


「―なるほど」



 片や普段のお気楽さとは真逆の引き締まった顔つきで、片や普段の真面目さに輪をかけて真剣な表情で頷きながら。

 別々のベッドに腰かけた2人は言葉を交わし合う。



 常とは一線を画したその様子を、もし、床に敷かれた敷物の上で横たわる3つ目の影が見ていたのならば、或いはこのような事を思ったのかもしれない。





「ではミーニャさんは、幼い子を殊更好む性癖の持ち主ではない、という事ですね」


「うん、今日の反応を見る限りではね」





――真剣な顔して何を言っているのだ、と。












「良かった、ふぅ…」


 事の真偽が分かって一安心、といったように胸を撫で下ろしたのは、灰色の長髪に同じく灰色の狼の耳を生やした獣人の娘。

 少女というより女性へと近づいているその体のこわばりを解き、灰狼はここ数日の懸念が払拭された事を静かに喜ぶ。


「そんなに気にしてたの?」


 対して、真剣な表情をあっさりと何処かへ投げ捨てたもう1つの影は、ここ数日風土の病によって(少なくとも形の上では)病床に伏していたエルフの少女。

 1年と少し程度の年月か、はたまた旅の影響か、故郷にいた頃より少し大人びたその佇まいはしかし、未だ少女と呼ぶべき範囲を脱してはおらず。しかししかし、本人は無自覚ではあるもののその内面は、このところある1つの変革を迎えようとしていた。それが大きなものか小さなものかはさておいて、ではあるが。




「いえ、気に病むといったほどではないのですが…」


 灰狼はおろした髪に無造作に触れながら、言葉の通りそう大した事でもないように振る舞う。


「レムさんに妙に懐かれていましたし、ミーニャさん自身も満更でもなさそうな感じで」


 ゆっくりと何度も自らの髪を梳くその手は、落ち着いた口調に似合うような、しかしどこかが決定的にずれているような、そんな何とも言い難い印象を見るものに与えた。


「それにミーニャさん自身、ずっと幼子の姿に扮していますから。何かこう、好みのようなものなのかと」


 この場においてただ1人その灰狼を見るもの、対面に座すエルフはその言葉に、同じくなんでもない事のように返す。


「まぁ、愛着みたいなのは湧いてると思うけどね。見た目はもう2年くらい…もっとかな、あの姿なわけだし」


 今日の問答を見る限りでは、幼い子供に対して特別強い感情を抱いている様子はなかった。本人の言う通り、子供に対する純粋な愛情らしきものは見られたが、それは別に目の前の人物が思っているような、恋だの愛だのに関わってくるものではないだろう。



「耳を触ろうとした、と聞いた時にはもしやと思いましたが」


 確かに、熊耳姉妹の妹の方の耳を触ろうとして説教をされたと聞いた時には、流石に節操がなさ過ぎるのではないかと若干呆れてしまったが。


「それは…それを言ったら、ノムさんに対してもだし、それ以上にカナエさんに対してもそうでしょ?」


「それは確かに、そうですが…」


 熊耳の姉の方には数日前から、目の前の狼耳に至ってはこの町に来るよりも以前から、彼女はさして隠す様子もなく好奇心を向けていたのだから、いまさらその対象が1人増えたところでどうという事でもあるまい……というのは、特に耳が獣を模しているわけでもないエルフ(自分)の言い分か。


「…やっぱり獣人的にはそういうのって、不誠実、なのかな?」


 実際のところ、自身の欲望に素直な彼女を好意的に見てはいても決して望みには応えようとしない熊耳姉妹や、他人のそれへの関心を少なからず気にかけている目の前の灰狼の様子を見ていれば、それがそれなりに重要なものであるというのは、何となく推し量る事は出来る。あくまで他人事として、ではあるが。


「私とミーニャさんの場合は、普通とは違いますからね……それは、何も思わないと言えば、嘘になりますが」


 だからこそ逆に、それに触れる事を許容した目の前の狼娘がいかに彼女に入れ込んでいるかも分かるし、それこそがまさに、このエルフの少女の心に変革をもたらしつつある事柄の1つでもあった。


「そこに特別な感情はなく、好奇心からであるというのなら。ミーニャさんですし、仕方のない事かと」



 いつの間にか、幼女云々から獣耳の話に移ってしまっていたが。

 幼子にしろ耳にしろ、結局この灰狼が気にかけているのは、視界の隅で横たわっている親愛なる異形の心の向かう先、ただ1つ。







 エルフと獣人がこうして、話題の中心である人物のあずかり知らぬところでちょっとした雑談を交わすようになったのは、そう最近の事でもない。


 彼女はその種族故に、人族ほど睡眠を必要としない。

 そのため、夜間の見張りや火の番などの大半は彼女が受け持ち、彼女が休眠に入る僅か2、3刻程度のあいだをエルフと灰狼が補うような形で夜を過ごすのが、この3人の旅路の常となっていた。


 エルフの方にしろ獣人の方にしろ、その特異性も含めて彼女を多分に好意的に見ているという事は、3人の間でも周知の事実。 

 その2人が、当人が寝入っている状態でしばらく顔を突き合わせるとなれば、その可愛らしい触手の話題に花を咲かせるのは、至極当然の流れであった。

 勿論それを抜きにしても、旅路を共にする2人の会話の種は、尽きるものではなかったが。



 かくしていつの間にやら始まっていた、2人が『今日のミーニャ』と題する闇夜に紛れた雑談は、始めのうちは、今日の彼女はこんな事をしていただの、昼間の彼女はあれそれに興味を示していただの……2つの影が眠る異形に怪しげな目を向けながら語らうという、まあ端から見たら何とも言えない間の抜けた印象を抱かせるような、そんな取るに足らないものであった。



 彼女からも時折言われているように、旅に出てからは彼女への親愛の情をあからさまに強く表す事のなくなったエルフにとって、この場はある意味でそういった、抑圧された情動を吐き出す良い機会でもあった。

 別に、彼女への気持ちが薄れたわけではないし、その事は彼女自身も分かってはいるだろう。しかしそれを表す事で、対等な存在として彼女が大きな喜びを感じるのだという事を理解してからは、おいそれと「大好き」だの「可愛い」だの連呼するのは、どうにも憚られるような気になってしまったのだ。


 かつては、それは一方通行なものなのだと思い込んでいた。ただ自分が彼女を見て、可愛いと思ったからそれを口にする。そういうものなのだと。

 しかし、そうではない事に気付き、自分の言葉が彼女に与える影響を、そして彼女の反応が自分に与える影響を理解して。

 自分へと向けられる純真な喜びの感情に対する気恥ずかしさと、かつての自らの言葉の軽薄さへの戒めとしてエルフの少女は、かつてほど饒舌に、彼女への賛美の言葉を口にする事はなくなった。

 少なくとも、当人の前では。






 そんな、ある種のガス抜きのようなものであった語らいの場が、いつからその様相を異にするようになったのか、そのエルフの少女には分からない。

 

 分かりやすい形で、明確にそれと変わったわけではない。

 相も変わらず2人は、今日の彼女はここが可愛かっただのなんだのと、当人が聞いたら喜ぶような事を滔々と語り合っていて、話題の中心がその触手であるのは常の事であったが。



 例えばそう、今日のように。

 今までと何が違うのかと問われれば、理路整然と答える事は出来ないが。やはりこれまでとは何かが違うようなやり取りが、獣人の方を主体として、行われるようになっている……ような気がする。


 たまたま今日は「幼女っていいよね」というような、中々興味深い発言が彼女の口から飛び出したものだから、あれやこれやと聞き出してみたりして。それを追求しようと思ったのは、目の前の女性が数日前からその事を気にかけていたからであり。エルフの少女の本心としては、まぁ、話題の1つにでもなれば良いかという程度であったのだが。


 今の灰狼の反応を見ると、少なからず本気で気にかけていたようにも見える。勿論それは、同じ獣人同士で『獣耳』という重要な事柄も関わっているからなのだろうけれど。

 

 本気で気にかけていたという事はつまり、本気で想っているという事。




 昼間はうっかり口を滑らせてしまったものの。

 実際この真面目な友人は、彼女の事をかなり好いているように見える。

 友人とか、そういう枠を超えているような。割と明確に。

 それこそ全く、いつの間にか、という感じだ。


 





 人のふり見て、というわけではないが。

 目の前の狼娘を見ていると、では自分はどうなのかと、エルフの娘の心中にそんな考えが浮かんでくるのもまた、当然の事であった。


 ふとした瞬間に彼女に好意を向けられたとき、気恥ずかしくなったり、どきりとしてしまうのは確かで。安易に、気持ちを言葉に出来なくなってしまったのも、ひるがえって見ればそれは、少なからずそういう(・・・・)想いがあるからではないのかと、自分でもそう考えてはいるのだが。


 その一方で。

 彼女の言動に頬を赤らめたり、内心ヤキモキしたりしている目の前の友人の様子や、熊耳の姉妹に手を出そうと奮闘する彼女の様子を見て。こう言っては何だが、楽しいというか、微笑ましいような気分になるのもまた事実。



 結局自分は、彼女をどういう目で見ているのだろうか。

 改めて自身に問うその命題こそがエルフの少女の中で起こりつつある、大とも小とも言いかねる、1つの変革。


 日々ふとした折に考え、されど未だ答えは出ず。

 しかし答えが出ない事すらも、お気楽な少女は旅の楽しみにする。


 まだよく分からないけれど、少なくとも。

 目の前の友人に負けないくらい、彼女の事が好きであるというのは。

 まぁ、自信を持って言える事だろう。










====================================










「じゃあ、ミーニャおねえちゃんたち、もう行っちゃうの…?」


「今すぐに、というわけではない。あし……明後日に、出発する」



 港町に来てから、今日で1週間と2日。

 

 きっかり1週間で病気を治してみせたセレナと私、カナエの3人は、宿の食事処で朝食をとりながら、今後の予定について話し合っていた。


…ほんとは明日の朝に町を出るつもりだったんだけどね。そんな目で見られたら、後一泊ぐらい…とか思っちゃうよね。

 こうしてこの宿は繁盛しているというわけか。レム、やはり恐ろしい子。



「あまりない臨海の町ですし、もう少し長く滞在する予定だったのですが…」


「ちょっと、教都まで行くことになってねー」



 カナエとセレナもこの小さな熊っ子には弱いのか、少し申し訳なさそうにしている。


 本来であれば、しばらくこの町に滞在して、それから少しずつ教都へ向かいつつ西側の村とかを回る……っていう予定だったのだけれど。

 急遽、あいだをすっ飛ばして一気に教都まで向かう事になった。


 というのも、



「そっかー…カナエおねえちゃんのローブ、ぼろぼろだもんね」



 そう、巡礼官である事を示すカナエのローブが、もう着れないくらいにぼろぼろのびりびりになってしまったからだ。







 数日前。

 カナエはギルドの依頼を受けに行って、そして夕方、ローブをぼろぼろにされて帰ってきた。



 依頼の内容は町はずれの小さな森を偵察するっていうものだったのだけど、そこで運悪く、魔狼という鋭い牙や爪と俊敏さに定評のある魔獣の群れに遭遇したらしい。


 数もそう多くなく大した怪我はなかったものの、木々の茂る狭い空間で何度も爪と牙を紙一重で躱し続ける羽目になり……結果、ローブはぼろぼろ、あっちこっちに引っ掻き傷をこさえて帰って来たというわけです。



 元々、カナエは巡礼官になってから同じローブをずっと使っていて、それこそ小さなほつれとかはあちこちにあった。それに、いつかの精霊宮でセレナが魔法陣を書いちゃったものだから、正直見てくれも結構変な感じになってしまっていた。

 それでもまだ、羽織る分には支障はなかったし、一応見れば巡礼官である事が分かったから、今までは特に問題はなかったのだけれど。


 今回の一件で、裂かれた跡や穴でいっぱいになってしまったローブを羽織るのは流石に巡礼官としてどうなのかと、他の巡礼官やら精霊教徒の人達に言われてしまったらしく。

 実際、あれを羽織って巡礼官だと言ったところで、大半の人にはそうは見えないだろう……という事で、今後も巡礼官として活動するためにも、カナエのローブを新調すべく教都アルベディアまで行く事になった。




「自分でぬって、直しちゃダメなの?」


 ここから教都まで行って、新しいローブを仕立ててもらうというのは、正直なところ費用の面でも時間の面でも非効率極まりない。

 だから、生地屋とかで材料を買ってきて自分で直すか、何なら町にある仕立て屋にでも頼んで直してもらった方がいろいろと楽なんじゃないか、なんていうレムの考えはまぁ当然の事で、私も最初はそう思っていたのだけれど。


「ええ。基本的にこのローブは、自分で大きく手を加えるのは禁止されているんです」


 と、いう事らしい。 


 何でもこれ、教都にいる一流の仕立て屋さんが一着一着特注で作っているのだとか。それでもってその時に、高位の精霊に『精霊の加護』っていうのを賜るらしい。

 加護とはいっても魔法の類ではなく、精霊が「汝の旅路に幸あれー」みたいな事を言う、要するにただの願掛けみたいなものなのだけれど。


 しかしただの願掛けであれども、精霊様から加護を賜った品に勝手に手を加えるのは、やっぱり精霊教的にはあんまりよろしくないって事みたいで。

 ちょっとしたほつれを治すくらいならともかく、ここまで穴だらけになっちゃったらもう、教都の大聖殿に返納して、新しいのを貰うべきなんだって。



 ちなみに、手を加えるな云々っていうならそれこそ、このでかでかと書かれた魔法陣の時点でもう駄目な気もしたのだけれど、驚いた事にこれはぎりぎり大丈夫らしい。


 良い素材を使っているこのローブが色んな触媒として優れているっていう事は、精霊教側も重々承知しているみたいで、本当にどうしようもない非常時の際には、危機を脱するために使ってもいいのだと。

 まぁそれでも、カナエのみたいにここまで大きな魔法陣を書いて、しかもそれをそのまま使い続けるなんて言うのは、あんまりある話ではないようだけれど。



 ていうか、そんな代物だったら予備ぐらい持たせてあげればいいのに、とも思わないでもないのだけれど。

 なんかそれも駄目みたいで、カナエ曰く「あまり意味のない伝統と、定期的に巡礼官を教都へと帰ってこさせるため、半々といったところでしょうね」との事。

 それに異を唱える人がほとんどいない辺り、ほんと、熱心というか、よくやるというか。



「巡礼官さんって大変なんだね……カナエおねえちゃん、頑張ってっ」


 獣人でありながら巡礼官として頑張っているカナエから話を聞くと、同じ獣人として何か感じるものでもあるのか。レムは両手をぐっと握りしめてカナエに応援を送っている。いやー、かわゆい。



「ローブを新調したら、西側の村を回りながら、ここまでまた戻ってくるのもいいかもしれませんね」


 カナエの方も、レムの健気な姿に影響されてか、そんな事を言っている。

 その言葉にすかさずセレナも同調し、


「そうだね、魚料理とか全然食べられなかったし……次こそは」


 なんて口にする。

 病気が治ってから、一番の名物である刺身とか、いくつかの魚料理は食べる事が出来たのだけれど。数多くあるそれらを網羅するのは、流石に数日では不可能だった。

 セレナ的には、それはかなり不本意というか、悔しい事だったみたい。そんなに食べたかったのかな、魚。まぁ確かに、森育ちのエルフには縁遠いものだけれども。




 その辺も加味して、もう少し滞在してから教都へ向かうっていうのも考えたのだけれど……やっぱり、あのぼろぼろのローブ着てると他の巡礼官からの咎めるような視線が痛い。いや、私に直接向けられたものではないけれど。

 かと言ってローブを羽織っていなければ、巡礼官として活動する事は出来ないし。それでは村や集落を回ったところで、ただのしがない旅人にしかならない。

 

 それに、この町がなまじ大きなものだから、巡礼官としての仕事も出来ずにいるとついつい長居してしまいそうなのだ。殆ど町を見て回れなかったものの、やはり沢山の人がいる大きな町というのは、私の興味を引きそうなものがたくさんあるのだろうし。


 流石に、ローブが破けたなんて理由であまり長く仕事を放り出してしまうのは、恩師に申し訳が立たないってカナエも言っていた。



 なので今回は、職務を全うするためにもさっさと教都へ行ってローブを新調しよう、という事になったのだ。

 まぁ、その後ここに戻ってくるのが、たった今決定したようだけれど。仕事もこなしながら、ね?

…一日滞在期間が延びたのは、その、大目に見てください。







 そんなこんなで急遽向かう事になった、精霊教都市アルベディア。

 さてさて、精霊教の中心地っていうのは、一体どんなところなのか。







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