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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第五章<精霊教都市編>

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第三十九話 馴染んだ

 セレナがかかった病気はただの風邪ではない…ってカナエが宿の女将さんから言われたと聞いた時には、またしてもパニックに陥りそうになってしまった私。そしてまたしてもカナエに怒られてしまった私。

 いや、本当、面目ない。



 何でも、この病気は内陸部から初めてこの近辺に来た人が時折かかる、まぁある種の風土病?のようなものらしい。重大な病気という訳ではなく、むしろ症状自体は風邪よりも軽い熱や倦怠感だけとの事。治るまでに1週間前後、原因はよく分かっていない。

 最初の内は原因不明というのがなんだか落ち着かなかったけれど、この町では旅人達がたまにかかるある意味で見慣れた病気であるようで、宿の女将さんも慣れた様子で安静にしていれば問題ないと断言していたし、実際発熱や倦怠感以外の目立った症状も特になく数日が過ぎた。




 大事ないというのは、それ自体は勿論良い事なのだけれど。それはそれとして、長く宿に留まるというのは、それだけ出費がかさむという事を意味している。


 今私達が泊まっている宿は朝昼夕の食事付き、掃除が行き届き衛生管理も問題なし、建物自体も大きく、2階の大部屋を取ったので3人でも広々……という中々良い宿で、更に病人や怪我人なんかに対しては、部屋で食事が出来るよう指定した時間に料理を作るというような個別の対応もしてくれる。というか、セレナのように体調を崩す人を見越した、そういった人達向けの宿だとも言える。

 そしてその分当然ながら、宿代はそれ相応。上流階級向けの高級宿という訳ではないし、こちらの旅費にもそこそこ余裕がありはするけれど、流石に3人分の宿代ともなると毎日何もせずとも問題ないような値段ではない。セレナの回復を待ちながら旅の資金を一定の水準で維持するためには、ギルドの依頼をこなしてお金を稼ぐ必要が出てくる。


 という訳で、セレナが休んでいる間の資金繰りはカナエが担当する事になった。

 いやまぁ、カナエ1人にばかり金策を任せるのは気が引けるのも確かなのだけれど、保存の魔法が使えない私は、1人ではギルドからの依頼をこなす事が出来ない。事金策という点においては、私は単独では全く役に立たないのだ。

 なのでセレナが動けない今、これに関してはカナエに頼るほかないという訳。セレナを置いて2人で稼ぎに出る?もちろん却下。

 いくら症状自体は大した事がないとはいえ、病気は病気。誰かがそばにいた方が良いだろう。


 かくして、セレナは病人、カナエは出稼ぎ、私は看病という役割分担で、この町での最初の1週間ほどを過ごす事となった。

 カナエには、後でうんと楽をさせてあげよう。





 








「そろそろ食事時。貰ってくる」


「おねがーい」


 私の役割は看病、とは言ったものの、正直そんなにやる事は無い。

 体を拭くのを手伝ったりするくらいだし、それだって数日経った今ではほとんど補助する必要もない。汗は勿論、彼女の負担にならない程度に貰ってるけどね。

 後はまぁ、たまに突発的に熱が上がったり倦怠感に襲われたりする事があるので、そんな時に何かしてあげるくらいか。しかし、そう言った顕著な症状も最初の数日だけで、今はほとんど見られない。


 なので結局、このところ私がしている事と言えば、セレナの暇つぶしの話し相手か、今みたいに食事を取りに行くくらいのものだ。とは言っても、じゃあセレナ1人を残して出稼ぎに行けるのかと問われれば、答えは当然「いいえ」なのだが。

 大事ないと分かっていても、放っておく事は出来ない。病人を相手取るというのもまた、非常に感情味溢れる行動という事なのだろう。








 さてさてお昼時、昼食を受け取りに1階へと向かう。


 受付と食事処を兼ねた1階の広間に降りると、階段のすぐ横、受付台の番をしていた獣人の女の人がこちらに気付き、先んじて話しかけてきた。


「あら、ミーニャさん。食事?」


「ん、受け取りに来た」


 ここ何日か宿に籠り同じようなやり取りをしていたためか、すっかり顔なじみになってしまった熊っぽい獣耳の彼女は、ここの女将の娘さん。

 ここは彼女達獣人の一家が中心になって切り盛りしており、良いところの宿にしては珍しく親しみやすい雰囲気が売り、らしい。女将さん本人が言っていた。


「そろそろできるはずだから、厨房の方で待ってて」


「ん」


 彼女が暇な時なんかはここで少しだけ雑談をしたりするのだけれど、丁度新しいお客さんが入ってきたところだったので、今日はそのまま奥の厨房に通された。

 うーん、今日こそ耳に触らせてもらおうと思っていたのに。残念。何度も触らせてくれないかと頼み込んでいるのだけど、中々良い返事が貰えないのだ。カナエの狼ちっくな耳とどう違うのか、結構気になるところなんだけどなぁ。

 夕飯時に、もう一度挑戦してみよう。






「あ、ミーニャおねえちゃん!」


 受付を通り過ぎ、次こそはと小さな決意を固めながら向かった厨房の入り口で今度は、受付嬢を小さくしたような幼い女の子と遭遇した。熊耳がぴこぴこ活発に動いているこの子もまた、女将の娘さん。


「もうすぐセレナおねえちゃんのごはんできるからっ。まっててね!」


 ちょっと年の差があるこの姉妹、見た目は結構似ているが性格は真逆で、姉が穏やかな女性なのに対して、妹の方は天真爛漫な童女、って感じだ。

 まだ両手の指で数えられるくらいの年齢だろうに、時折給仕をしたりして宿の仕事を手伝っている、何とも親孝行な子である。

 対照的な2人の笑顔は旅人達の癒し。姉のノムと妹のレムで、この宿の二枚看板娘。うん、今日もばっちり可愛い。





「セレナおねえちゃん、具合だいじょうぶ?」


「大丈夫…本人は、暇だって言ってたけど」


 熱はまだ平時より少し高いものの、特に辛そうな様子は無く、このところよく暇だ暇だと言いながら風をくるくると指先で遊ばせている。

…私としては病気の時に魔法を使うのもどうかと思うのだけれど、本人曰く「こんなの魔法の内に入らない」のだそうで。まぁ、見ていても特に体調に影響はなさそうだから、それくらいはいい、のかな?



「そっかー……ミーニャお姉ちゃんたちがきて…えっと、今日で5日目だから…たぶんあと2、3日くらいで良くなると思うよっ。だからそれまでがまん!」


 流石この町の住人だけあってか、もしくは病人がよく泊まる宿だからか、この病気についてもよく知っているようだ。本当、まだ小さいのにしっかりしてるなぁ。

…いや、年数で言えば私の方が幼いのだけれど。どうもそんな感じがしないというか、そもそも私に『幼い』と呼べるような時期はあっただろうか、というのはこのところ、少し気になっている点ではある。


「セレナにもよく言っておく」


「うん!おだいじにねーって、言っておいて!」


「分かった」


 まぁ、疑問は後で考えれば良いとして。今はこの目の前の可愛らしい生き物との会話の方が大事だ。



「えへへ、セレナおねえちゃんが元気になったら、おさしみ食べさせてあげるねっ」


 お刺身。魚を生のまま食べる料理。

 いや、料理と呼べるのかそれは?なんて言ったら宿の料理長に怒られてしまったけれど、とにかくその刺身とやらが、この町の名物の1つになっているらしい。普段あまり魚を食べられず、運良く手に入ったとしてもその殆どが干物な旅人達にとってそれは中々魅力的な食べ物であるようで、セレナも来る前から刺身を食べるのを楽しみにしていたのだけれど……まぁ流石に、病気中に生モノを食べるのは良くないらしく。今は我慢して治ったら絶対食べてやる、って意気込んでいた。


「きっと、セレナも喜ぶ」


「うんっ。おしょう油に付けるとすっごくおいしいんだよ!」


 彼女の言葉や表情からは、彼女自身も『おさしみ』が大好きで、それを食べて貰いたいって気持ちがありありと読み取れる。

 自分の好きなものを他人にも食べて欲しいというこの純粋さ。このところの彼女との触れ合いの毎日は、幼子っていうのも中々良いものだと私に思わせるのには十分な日々だった。


「ミーニャおねえちゃんと、カナエおねえちゃんにも……あ、ミーニャおねえちゃんは精霊さんだから、食べられないんだっけ…」


 初めて顔を合わせた時に話した事を思い出し、少し残念そうな表情をするレム。普段が明るく元気なだけに、楽しげなその表情が一転して曇ってしまうのを見ると、どうにもこちらまで気落ちしてしまうような。出来る事なら私だって、この子の目の前で刺身とやらを食べてあげたいところなのだが…



…あ、そうそう。私は今、精霊って事になってます。


 今回のように1つ所に長期滞在する際に、食べ物を食べなかったりする事を怪しまれない為には、私と同じくそれが不必要な存在である精霊を名乗るのが有効だとこの旅の中で学んだ。勿論、いつかの時のように厄介な事になる可能性もあるので、時と場合によりけりではあるのだけれど。

 皮肉な事に、精霊と勘違いされてかなり面倒な事態になったあの出来事が、自分と精霊の類似点とかを再認識する切っ掛けになり……あれ以来、エルフだったり精霊だったりとその時々に応じて設定を変えるようにしている。微妙に耳の形とか変えたりしてね。

 一度は、カナエと姉妹という設定で獣人に扮した時もあった。いやぁ、獣耳の再現が中々難しかったなぁ……あのちょっとごわごわした感じとかが結構大変でね。正確に再現する為に、カナエのそれをたっぷりと撫でまわさせていただきましたよ、ええ。



 まぁそんなこんなで、食事が不要である事をあらかじめ伝えてある私には、彼女のお勧めする刺身を食べる事が出来ないのだ。

 なので、気持ちだけ受け取っておくとして。


「私の分は、セレナに食べさせよう」


 実物については、それで勘弁してほしい。


「…わかった。ミーニャおねえちゃんの分も、いっぱい食べてもらおっ!」


 再び笑顔の戻ったその顔に、つられて私の方も小さな笑みを作る。


 最近、誰かと接する時、抱いた感情に対応した表情を作るのが以前よりも上手くなったと思う。

 言葉もだいぶ滑らかに話せるようになってきた事も合わさって、数年前の、始めて言葉が話せるようになった時と似たような感覚を今再び味わっている。それはつまり、自分の感情や考えを外に表す事が出来るのだという感覚。それっていうのはやっぱり、凄く嬉しいし、楽しい。



「カナエには、刺身と一緒に肉料理も出してあげると、喜ぶ。はず」


 こんな長文、昔は言うのにもっと時間がかかったのに、今ではかなり自然に言葉を紡ぐ事が出来るようになっている。いずれは、もっと小粋な言い回しとかもすらすら出てくるようになりたいね。



「おとうさんに伝えとく!」


「ん、お願い」


 ちなみに、この子のお父さんは料理長。







「えへへ……でもやっぱり、ミーニャおねえちゃんはやさしいねっ」


 妙に嬉しそうに、そんな事を言うレム。

 どうしたの急に。

 今のやり取りに、そんな要素あった?


「だってセレナおねえちゃんのお世話、一生けん命してるし。ベッドもカナエおねえちゃんにゆずってあげてるんでしょ?」


 誰から聞いたんだろう。カナエ本人からかな。


 私達が借りている部屋のベッドは2つ。病人のセレナは当然の事として、特に何もしていない私よりも、毎日出稼ぎに出ているカナエの方がもう1つのベッドを使うべきだろう。これもまた当然の事だ。

 とは言っても私の方も、スペースはあるから床に敷き物を敷いて寝たり、どっちかのベッドに潜り込んでみたり、まぁ結構好き勝手やらせて貰っているのだけれど。




「おかあさんも「ミーニャは私たちのことをバカにしない、いい精霊だ」っていってたよ!」



…馬鹿に、か。


 西部での人族と精霊族の関係は良好。つまり獣人と精霊だって、お互い特に確執がある訳ではないように振る舞っている。


「精霊に、何か嫌な事、された?」


 しかし、表立った諍いは無いとはいえ、やはり精霊の中には獣人を下に見ているような者達も稀にではあるが存在するのも、また確かだ。

 西側に住む獣人達はその事は織り込み済みだし、或いは精霊達だってそのつもりのない、半ば無意識での事なのかもしれないけれど。


「ううん、そんなことないよ………でもね……たまに、分かっちゃうときがあるの。この精霊さん、心のおくでわたしのことペットみたいに思ってる…って」


 幼いが故に、純粋であるが故に。

 そういった機微を、感じ取ってしまうのだろうか。


「おかあさんたちは気にするなっていってるし、いい精霊さんもいっぱいいるよ!でも、ときどき、そういうの分かっちゃって…ちょっと、ヤな気持ちになる、かな…」


 先ほどとは明らかに重みの違う、その沈んだ表情に、かける言葉が見つからない。私は精霊ではないのだ。その私が『精霊として』何かを言う事なんて、出来やしない。


…ちょっと暗い話題になっちゃったな。良く回るようになったはずの口は、こういう時に役に立たない。




「…でも、でもね!」


 しかしまぁ。そんな私の沈黙なんてものともせず。



「ミーニャおねえちゃんは、そんなの全然ない!精霊さんってこと忘れちゃうくらい!」 


 彼女は自力で、沈んだ空気を吹き飛ばすようにして、すぐに明るさを取り戻す。

 本当に、大したものだ。まだ幼いのに、しっかりしていて。

 

「今まであった精霊さんの中で、いちばんいい精霊さんだと思う!」


 時々嫌な思いをしても、揺るがない芯がある、ような気がする。

 私は精霊ではないし、そもそも出会ってまだ1週間と経っていないのだから、この件に関してあまり突っ込んだ事は言えないけれど。


「レムは、良い子」


 その明るさとか、しっかり屋さんなところとか、短い付き合いでも分かるその辺に、賞賛の意を込めて。

 私個人として、まぁ、撫でてあげるくらいは良いだろう。


「えへへー、そうかなっ。いまのやり取りに、そんなようそあった?」


 私の言葉を真似つつ、しかし褒められて嬉しそうに身を捩る。その姿も大変キュートだ。


「だから、撫でてあげる」


 私はそう言って、彼女を褒めてあげるべく手を伸ばし……










…あれ、躱された。なんで?

 え?今確実にいける流れだったよね?



「…なでるっていって、お耳さわるつもりでしょーっ」



…馬鹿な。何故ばれているのだ。


「カナエおねえちゃんが「ミーニャさんは仲良くなるとあちこち触ろうとしてくる」って!おねえちゃんも「耳に触ろうとしてくるのだけが欠点」っていってた!気を付けてって!だから、けーかいしてたの!」


 何という事だ。

 こんな幼い子に、出会って1週間もしない内に、私の行動が読まれている…!


「お耳は、とっても仲のいい人にしか、触らせちゃいけないんだよ!」


 くそう…

 薄々感づいてはいたが、やはり獣人にとって耳はかなり重要なものであるらしい。


「…でも、カナエは触らせてくれた」


「だったら、よけいだめだよっ。ほかの人のお耳追いかけてないで、カナエおねえちゃんのことだいじにしないと!」


 ぐぬぬ……姉と全く同じ事を言ってきたぞ…

 この幼女、出来る…!


「だいたい、わたしはまじめなお話をしているのに、そうやってじぶんのよくぼーのままに動くのはよくないと思います!」


 凄い正論だ…やはりしっかりしている…


 い、いやでも、これはですね。レムの話に感動したからこそ、こう、撫でてあげようとですね。決してやましい気持ちは、いや、無いとは言わないけれど。あくまでこう、あわよくば、みたいなね?


「そうやってカナエおねえちゃんはたぶらかせても、わたしはそうはいかないよっ」


 いや断じて!断じて違うと!そう言うつもりではないと!


 まずい。ちょっと欲を出してしまったばかりに、私の彼女への称賛の念が、完全に邪念だと勘違いされてしまっている。




「いやー、真面目な話をしてると思ったら何?うちの娘達に粉かけようっての?」


 って女将!?いつの間に!?


「ちょっと前からよ。アンタ見かけによらず、やるみたいねぇ」


 厨房の陰から姿を現した母と、その娘、2人の咎めるような視線が容赦なく私を貫く。

 

「うちの子らに、尻尾が生えて無くて良かったわ。生えてたら今頃、アンタに散々弄ばれてたでしょうね」


 否定できないっ。尻尾あったら、執拗に触ろうとしてたかもしれないっ。

 だって気になるんだもん!人の体に獣のパーツって!凄い気になるんだもん!

 なまじ一度カナエの耳に触ったものだから、余計に興味が湧いちゃうんだもん!


…なんていう私の主張はまさに欲望の発現以外の何物でもなく、彼女達の糾弾を逃れる事は適うはずもない。



「とにかく、手を出すなら連れの子だけにしといたほうがいいよ。あんまりお遊びが過ぎるようじゃ…」

「おっとすっかり話し込んでしまった病人を待たせるのはいけない」


 すっと細くなった女将さんの目に危険を感じた私は、非常に滑らかに退散の意を告げながら彼女の手から料理の乗った盆をひったくる様にして奪い、速足で階段の方へと逃げた。

 挽回は不可能。ならばもう、逃走あるのみだ。


 くそぅ、悔しいっ。幼女に言い負かされた事が。あと、自分の欲望を否定できないところが。

 腹いせに今夜は、カナエの耳を触りまくってやるー!




 逃げ帰る私の様子を盗み見ていたのかくすくすと笑う姉の横を通り過ぎたあたりで、後ろから母と妹の笑い声も聞こえてきた。


 どうもあの子には母親譲りらしい、ちょっとお茶目なところもあるようだ。



 そういうところもまた可愛いなー、なんて思いながら部屋へと戻る私の足取りは、なんだかんだ言いつつ、今日も今日とて軽やかだった。






















「ミーニャおそいよー……って、楽しそうだね、何かあったの?」


「幼女っていうのも、中々良いものだな…と」


「……え、あ、え、み、みーにゃ?」




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