表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第五章<精霊教都市編>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/47

第三十八話 罹った



 私はどこかで、慢心していたのかもしれない。



「セレナッ!しっかりしてっ!」



 自我が芽生えて、集落で過ごして。ぬくぬくと、成長していって。



「…ミーニャ…心配しないで…」



 旅を始めたばかりの頃には、命の危険だったり、自己喪失の危機だったり、色々体験したけれど。



「やだ…!セレナ、セレナ…!」



 思えばそれ以降は、カナエとセレナに囲まれて大した危険もなく、気付けば一年以上が過ぎていた。



「ミーニャさん、やめてください!これ以上は、もう…!」



 行く先々で、魔獣を狩ったり、カナエの仕事を手伝ったり。

 誰かがちょっと怪我をする事なんてままあったし、何日も町に辿り着けず、一度は食料が底を尽きかけた事もあった。

 でも、どれも想定内の、何とかなる程度の、何とか出来る程度の危険でしかなくて。それもまた旅の醍醐味だ、なんて、3人で笑っていた。



「…ミーニャ、そんな顔しないで…」



 だから、きっと心のどこかで。

 旅っていうのはこんな、適度に安全で適度に刺激のあるものなんだろうって、何か起きてもそれは、自分の力でどうにかなる程度のものなんだろうって。


 そう、油断していたのかもしれない。



「セレナ…!」



 だが、なんだこれは。



「ミーニャさん…!セレナさんの為にも、これ以上は…!」



 横たわるセレナ。



「カナエさん…ミーニャの事、お願いね…」


「………はい」



 何でそんな、諦めたような事を言うんだ。



「大丈夫だよミーニャ……少し、眠るだけだから…」



 知識を付けた程度で。旅に小慣れた程度で。

 本当にどうしようもないものに襲われた時、私は何も出来ない。


 彼女を救う事が、私には出来ない。



 セレナの肩が、小さく震えているのが分かる。

 彼女の瞼が、今にも閉じてしまいそうなのが分かる。

 それが怖くて私は、何度も何度も、壊れるんじゃないかってくらい、彼女を揺さぶる。

 


「目を開けて……!…せれなぁっ…!」
















「お願いだから、ちょっと眠らせて…ほんと、お願い。いやほんとに」


「ミーニャさん、そんなに揺らしたら治るものも治りませんよ」


「せれなぁっ……!!」



 セレナが風邪をひきました。

 顔、真っ赤っか。






















「いいですかミーニャさん。風邪を治すには、安静にする事、滋養のある物を摂る事が大切なんです」


「…はい」


「それをさっきのようにがくがく揺さぶっては、体温が上がったり気分が悪くなったり、余計に症状が悪化してしまう恐れがあります」


「…はい」


「ただの風邪で、大事は無いのですから。看病する側が取り乱してはいけません」


「でも、風邪は万病の元だと…死に至る事もあると…」


「最悪の場合は、です。きちんと看病すれば、1週間もしない内に良くなります」


「…はい」


「ですから、普段通り冷静に。いいですね」


「…はい」


「私はこれから買い出しに行ってきますが……いいですか。くれぐれも、看病する側が病人の負担にはならない様に」


「…はい…頑張ります…」




 物凄く取り乱していた私を叱り、そしてしっかりと釘を指してから。

 カナエはさっさと買い物へと出ていってしまった。


 宿に残ったのは、ベットに横たわり今は静かに寝息を立てるセレナと、叱られて意気消沈中の私、2人だけ。 



 私達は今、久方ぶりに大きな町を訪れていた。














 ここリンカは、海に面する町の1つ。


 大陸の西端、最も精霊大陸に近い教都アルベディア程ではないものの、西側に数ある町の中でもかなり大きな部類に入る…らしい。



 人大陸西部の中ではほぼ南端、と言うと少しややこしいけれど。位置的には、教都と大陸中央部の山脈・森のほぼ中間地点かつ海沿いというこの町は、西側の大きな町の例に漏れず精霊教の活動が活発なのは勿論の事、人や物の流れも盛んで様々なモノ達が入っていき、そしてまた出ていく貿易の町でもある。


 海に面しているが為に海産物が豊富で、宿から飯屋からその辺の家まで、魚や海の生き物を使ったいろんな種類の料理が出てくるのだとか。

 今までの旅ではたまに、それも干物でしか食べられなかった魚を新鮮な状態で味わえるという事で、セレナは結構楽しみにしていたのだけれど。



 今にして思えば、町に入る前日くらいから、ほんの少しだけセレナの様子がおかしくなっていたような気もする。

 その時には、私もカナエも気に留めるほどの事ではないと思っていたし、セレナ自身も何も言わなかった。でも、どうやらその時点で、風邪の症状が少しずつ現れ始めていたみたいで。

 さっき町に入った時には、顔は真っ赤で息も少し荒く、何より身体がいつもよりずっと熱くなっていた。


 カナエが、風邪だと気付きすぐさま宿を取ったのだけれど。

 その間私は、まぁ、何というか…ただ取り乱しているだけだったというか…




 いや、風邪っていう病気がある事は勿論知っていたし、その症状とか、さっきカナエが言っていたような事も知識としては知っていた。

 でも、私自身が病気とは無縁の存在である事、それから、エルフの集落の住人達はみんな健康そのもので誰かが病気にかかっている姿なんて見たためしが無かった事。それらのせいでどうも、病気というものを実感を伴って認識する事が出来ていなかったというか。

 レゾナの時は、病気ではなく老衰だったし。


 だから、いざセレナが風邪をひいて弱っている様を目の当たりにしたとき、こう。セレナの身に何が起こっているのかよく分からなくて、でもセレナが苦しそうで、死んじゃうんじゃないかって、凄く怖くなってしまって。

…恥ずかしながら、あんな風に取り乱してしまったという訳です。


 

 でも本当に、凄く怖かった。

 何が怖かったって、明らかに苦しんでいるって分かるのに、見ただけでは病気というものの実体がよく掴めないのが。


 怪我なんかの場合は、傷とか血とか、分かりやすく目に見える形でそれが現れる事が多いから、その程度や命に関わるかどうかの判断が付きやすい、気がする。何なら魔法で治せる場合もあるし、傷が塞がれば一応は『治った』と判断する事が出来る。


 でも病気の場合は、明確に目に見える形で現れにくいというか。

 それは、今回の場合みたいに顔が赤かったり体温が上がっていたり、分かりやすい兆しみたいなのは勿論ある。でもそういうのは、傷や何かと違って、普通の時との境目がどうにも分かりづらい。昨日の段階で事前に気付けなかったのは、このせい。


 風邪をひいていなくても、顔が赤くなる事も体温が上がる事もある。そういう、病気でなくとも普段から起こりうるものは、それ故にそれが現れた時、必ずしも病気の兆候だと言いきる事が出来なくて……そのせいで怪我と比べると病気は、『ある』と『ない』の判断が付きづらいような気がするのだ。



 さらに、たとえ今回みたいに、顔色や体温等が普段とは大きくかけ離れていて、明らかに普通ではないと判断できたのだとしても。

 傷の大きさや深さで度合いが分かる怪我と違って、目に見える形でその程度を測れないのだから、病気だと分かったところで、それがどのくらい重いものなのかがよく分からない。本来ならばその辺はそれこそ、病気に関する知識だとか、或いは経験によって判断する所なのだろうけれど。

 経験が全くなかったが故に、持っていた知識と目の前の状況を符合させる事が出来なかった。自分に関わりのないものであるから、尚更。


 その結果、風邪でセレナが死んでしまうのではないかと本気で考えて……

…あの体たらくですよ、ええ。



 しかしよくよく考えてみれば、本来視覚を持たない種族であるはずの触手種()が目に見える情報に頼りきりだというのも、おかしな話なのかもしれない。

 人と同じように視覚に頼り、しかし人と違って病気にならないが為に、見た目だけでは判断に限界がある病気を前にしたとき適切な対処が出来ない。

 これもある意味、私のちぐはぐさというか、人に寄りきれていない部分の1つなのだろう。


 何だろう、あんまり視覚ばっかりに頼っていてもいけないのかな。人らしく生きる上では勿論、視覚を頼るのは当たり前の事だけれど……それはそれとして、身体的な面での触手種の長所っていうのは、これまでも普通に利用してきた訳だし。そもそもこうやって人の体を模倣出来たのだって、触手種の特徴とかを最大限活用した結果なのだ。

 だから、病気を感知する時なんかにも、やっぱり触手種らしく触覚で体温の機微なんかを精密に……いや、にしても結局、どの程度の体温が健康な範囲で、どこからが危険域なのかとかを理解する必要があるのか。

 何にしても経験、知識。

 集落で学ぶ事2年以上。旅に出てから1年余り。それなりに知識や経験を蓄えてきたつもりだったけれど、全然まだまだ。

 今以上に、もっと人としての視点を持てるようになった方がいい、って事かな。




…あ、また思考が逸れてしまった。

 まぁ何はともあれ、カナエが大した事は無いと言っていたし、セレナ自身も今は静かに眠っているから、本当に大事無いのだろうと分かって安心した。

 今の私がすべきなのは多分、カナエに言われた通り取り乱さず、冷静に看病をする事だろう。

 


 という訳で、まずは寝ているセレナを観察。

 

 ベッドで横になって落ち着いたのか、さっきよりは顔の赤みが引いている気がする。体温は……これもさっきよりは下がってる、かな?多分。それでも普段よりはやっぱり高めな感じ。 


 それから、額とかにじんわり汗をかいている。確か風邪をひいている時には、いつも以上にちゃんと汗を拭いた方が良い、とかなんとかだったような。



…うーん。一応最低限の知識は持っているつもりだけど、やっぱりカナエが帰ってくるまでは余計な事はしない方がいい、の、かなぁ。


 いや、でも……やっぱり、汗ぐらいは拭いておいた方が良い、かな…?

 あんまり病人の身体を動かすのは良くないのだろうけれど、そこは私なら、ほとんど寝かせたままで汗を拭う事が可能な訳だし。



 私もセレナも落ち着きはしたものの、やはり私にとって初めての事態というのには変わりなく、何か看病をしようにも、どうしても尻込みしてしまう。

 下手な事をして体調を悪化させてしまったらどうしよう、とか。いや、カナエもそうそう大事には至らないって言っていたし、とか。いやでも、最悪の事態だって絶対に起こりえないとは言えないわけだし、とか……

 ああもう。やっぱり病気というのは、程度がよく分からなくて厄介だ。





 と、私が手を出すべきか出さざるべきか悩んでいると。


 

「……ん………んぅ……」



 セレナが、少し寝苦しそうに声を漏らすのが聞こえた。

 よく見ると、先ほどよりも汗をかいているような感じもする。


…とりあえず、汗だけ拭く事にしよう、うん。



 なるべくセレナの体に負担をかけない様に、ゆっくりと、無数の極細の触手で額や頬を撫で、同時にそれらを服の中へと入り込ませていく。手先足先の指のあいだまで触手を巡らせ、汗を全て吸収。背中側も、ベッドと背中の僅かな隙間に潜り込ませるようにして、触手を送り込む。なるべく全身に行き渡るようにしているけれど、下腹部というか、まぁ、その辺とか、胸の登頂の辺りは、恐らく不用意に触れるべきではないので回避した。あと口の中とか鼻の中とかもね。唾液くらいなら、ちょっと味見させてくれないかなぁとか、時々思ったりもするのだけれど。そこに関してもやっぱり、恥じらいみたいなものがあるみたい。

…かつて一度だけセレナの口に触手を突っ込んだ事があるけど、あの時は状況が状況だったから唾液を吸収する余裕なんてなかった。あの時は惜しい事をしたなって、今でも時々悔やんでいます。


 唾液とか、その他の体液とか。

 どんな味がするんだろうって、相変わらずすっごく気になりはするけれど、同意を得ずに手を出すのは良くないって本にも書いてあったし。いつか許可を貰えるまで、気長に待つとしますか。

 汗だって、相変わらずおいしいし、ね。


 



…ん、でも、あれ?

 今日の汗は、なんか、いつもよりおいしくない。



 以前セレナに「汗ってどんな味がするの?」と聞かれた事があるけれど、その時私は、彼女が満足するような答えを返せなかったのを覚えている。というのも私には、『味』の表現の仕方がよく分からないからだ。

 人は食べ物の味を、甘い、辛い、苦い、酸っぱい、その他諸々、色々な表現の仕方で表す。その表現の多様さには大したものだと驚かされるけれど、でも私には、甘いとか辛いとかっていうのが何を指しているのかがさっぱり分からない。レゾナもこれに関しては、私に分かるように説明するのを諦めていたくらいだ。


 私にとってセレナの汗は『セレナの味』だし、獣とかの体液は『獣の味』としか言いようがないのだ。セレナの汗を『おいしい』とは言うけれど、私はそれを摂取した時の幸せな感じとか、力が漲る感じを『おいしい』という言葉で示しているだけであって、私の言うおいしいと、人族の言うおいしいが同じものだとは限らない。

 そもそも、私が体液を摂取した時に感じるそれ(・・)が『味』と呼べるものなのかどうかすらも、正直よく分かっていない。だから、摂取した汗の味なんかを聞かれても返答に困ってしまう訳なのだけれど。



 今日の汗は、いつもよりもその幸せな感じとかが少ない感じがする。エネルギーとしても、普段の汗には劣るような。いや、それでも動物なんかよりは断然、栄養になるけれど。

 今まではこんな、味が変わるなんて事はなかった。雨の日だって風の日だって、夏でも冬でも、量は違えど質は一貫していたのに。


 それが今この時、明らかに分かるほど、汗の質が落ちている。


…原因は、まぁ。十中八九、風邪、だよね。

 今までセレナは、少なくとも私と出会ってからは1度も風邪をひいた事がなかった。

 今日初めて、風邪をひいた時の汗を摂取して、そして今日初めて、汗の質が落ちた。

 となれば原因は、それ以外には考えられない。


…成る程、病気にかかると体液の質が落ちる、という事か。


 汗の質が落ちる事自体も病気の症状の一種なのか、それとも触手種にしか知覚できないものなのか、それは分からないけれど。



 なんにせよこれは、私にとってはまさに病気に関する「明確な指標」になり得るのではないだろうか。

 健康な時と風邪をひいた時では、汗の質が明らかに変わる。

 それが摂取すれば一発で分かるというのは、毎日汗を貰うだけで、つまり今まで通りでいるだけで病気の…風邪の検知が可能であるという事だ。まぁ、これが風邪にのみ当てはまるのか、それとも他の病気の際にも汗の質が変わるかは、現時点では何とも言えないけれど……少なくとも今回、1つの指標を立てる事は出来た。


 これは良い。

 次からは、初期の段階で病気の有無を知る事が出来るかもしれない。今回のように、突然の事態に当人以上に慌てふためくといった事も無くなるだろう。多分。

 期せずして、私の『人』としてまだまだ未熟な部分を、触手種の特性で補う事が出来たという訳だ。

 

 うん。

 やっぱり、種族としての長所はもっと積極的に活用していくべきだね。心持さえ『人』であればそれは結果的に、より人らしさを育む事に繋がる可能性が大いにある。その事が今日、改めて分かった。

 








 という訳でこれからは、今まで以上にこまめに汗を頂戴する事にしよっと。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ