第三十四話 人の営み触手の綻び
「それでは食事をお持ちしますので、しばらくお待ちください」
そう言って私達を空き家へ案内した村人が、去っていくのを見届けてから。
私達は、藁の敷かれた床に腰を下ろして一息ついた。
集落の近くに最近、姿を見せるようになったという魔物……いや魔獣、触手種。
近づかなければ特に害は無いという事で、村長を始め村の人達はそれほど切羽詰まった様子ではなかったものの……まぁ、折角巡礼官様に来て頂いたのだし、出来るなら討伐してしまおうと、結局明日、私達でその触手種を見に行く流れになった。
1匹ではないが、かと言って多くの固体が群生しているわけでもなく。大きさもそれなり。
さくっと討伐できるかどうかは、実際に見てみないと分からなそうな、微妙な感じ。
とりあえず明日、様子を見に行って、いけそうならそのまま討伐する、と。
大体そんな風に話がまとまった所で「とりあえず、今日はこの村でお休みください」という言葉と共にこの空き家へと案内され、そして今に至る。
聞くところによると、やはり林の中と言えども、時たま旅人が訪れる事はあるらしく。
そういった人らが寝泊まりできるように、常に用意されているのが、この空き家なのだそうだ。旅人が村にいる間も特に邪険に扱ったりはせず、それどころか2、3日くらいなら食事も出してくれるとの事。
まぁ要するにこの集落は、よほどの悪人とかでもない限り、行きずりの旅人を数日受け入れられるくらいにはおおらかな場所、という事だろう。
そんな、この集落を訪れた旅人の多くが寝泊まりしたのだろうこの空き家で、荷物を置き、ひと息ついたところで。
…一旦座り込んでおいてなんだけど、やっぱり屋内なのに藁の上に腰を下ろすというのはどうにも落ち着かず、敷き物を敷いてから改めて座り直す私達。
既に日は暮れていたが、案内してくれた村人が持ってきてくれた魔法球の灯りのおかげで、お互いの顔も良く見えるほどに、家の中は明るい。
この魔法球という代物、見た目は男性の顔ほどの大きさをした透明な球体で、少量の魔力を込めるだけでしばらく明かりが灯り続けるというなんとも便利な魔法具だ。
明るさもそれなりで火は使わないから、特にこの藁の家のような火気厳禁な場所では重宝するのだけれど……落としただけで割れてしまうほど、脆くて壊れやすい。
そしてその割に、恐ろしく値段が高い。それこそ、多くの旅人達が「やっぱり松明か魔法でいいや」と考えてしまうほどには。
故郷の村でも、灯りと言えばランタンか魔法のどっちかだったなぁ。
で、今目の前にあるそれは一目見て分かるほど使い古されており、こんな辺境の村でどうやって手に入れたのかは知らないけれど、よほど長く使われているように感じる。
所謂、年季が入っている、ってやつ?
壊れやすい事でも有名な魔法球を、よくこんなにも長く使ってこれたものだ。
というか、ここまで来る途中で見た家々からはもっと弱い光、セレナ曰く「たぶん灯の魔法」による灯りが漏れていた事から考えるに、恐らくこの魔法球は集落内でもそう多くあるものではないのだろう。
それを、よそ者の私達が3人で独占できるなんて、やっぱりこの村では、精霊とか精霊教の人とかっていうのは特別待遇なんだなぁ、とか思ったり。
そんな、私とセレナは間近で見るのも初めてな魔法球を、きゃっきゃきゃっきゃ言いながら(主にセレナが)、それでいて間違っても割ったりしないように慎重に、眺めたり手に取ったりなんやかんやしたりしているうちに。
数人の村人達の手で食事が運ばれてきて、夕飯をいただく事になった。
ちなみに、カナエは空き家に着くまでずっと、食事まで用意してもらわなくていいって言ってたんだけど……結局、どうしてもと譲らない村人さんの熱意に折れて、ご相伴にあずかる事になりました。
いやぁ、食事まで運んで来てもらえるなんて、まさに巡礼官さまさま、ですな。
…私は食べられないけれどね。
「巡礼官様も、お付きの方々も、我々がいては落ち着かないでしょうし、これで失礼させていただきます。食器は家の前に置いていてくだされば、後で取りにまいりますので」
村人達の中でも、ひと際丁寧な態度のおじさんがそう言ったのを合図に、食事を持ってきてくれた人達はささーっと帰っていき、カナエもセレナも食事に手を付け始める。こういった場合の常として、私の分は2人に半分ずつあげる。
後できっちり返してもらいますよ、ふふふ。
…しかしどうやら私とセレナは、いつの間にかカナエのお付きの人って事にされていたみたい。
まぁ実際この集落に入ってからは、黙ってカナエの後に付いていっていただけだし、そう思われてもおかしくはないか。
いや、付き人と呼ぶにしても、本当に何もしていないけれど。
「すいません、鳥肉、いただいても?」
2人が食事を始めてから、ほどなくして。
手早く自分の分を半分ほど食べ終えたカナエが、私の分の食事に手を付けようと、私とセレナに確認を取る。
「いいよー」
セレナが頷いたのを確認して、「これってあれかな、ここまで来る途中、林の中で時々『ギャー』だの『キョエー』だの鳴き声だけが聞こえていた鳥と同じ種類なのかな」とか大して意味のない事を考えつつ、カナエによく焼かれた鳥肉を献上。
「…巡礼官様の、仰せのままに…」
「ちょっ、やめてくださいよ」
私の軽口にカナエは、勘弁してくれとでも言うような表情を浮かべながら、皿を自分の方へと引き寄せた。
カナエもセレナも旅人というだけはあって、基本的に何でも食べる。多分、食糧が尽きてどうしようもなくなったりしても、虫くらいまでなら2人とも食べられると思う。
私もまぁ、虫の体液だって食べられない事は無いのだけれど…あれって食べてる気がしないっていうか、正直ほとんど栄養にならないんだよね。
中には、人族にとって味はともかく良い栄養にはなる虫もいるらしいから、その辺りはやっぱり、触手種と人族とでは栄養となるものが全然違う、って事なんだろうなぁ。
ちなみに木の樹液だとか、植物から出る諸々の液体なんかも、私にとってはほとんど栄養にはならない。
人族はよく子供に「ちゃんと野菜も食べなきゃ育たないぞ」なんて言うけれど、私からしたら草食べて育つなんて、それこそ不思議以外の何物でもない。
やっぱり人体って、複雑で不思議。
…また思考が逸れていってた。
と、とにかく。
旅人である以上何でも食べる2人ではあるけれど、それはそれとして、やっぱり食の好みっていうのは、それぞれあるみたいで。
例えば、カナエは大の肉好き。
大きい町の宿なんかだと大体、「お勧めの肉料理で」って注文するのがお決まりになっている。
同じ動物の肉でも、地域によって味が違ったりしていて、それを食べ比べるのが密かな旅の楽しみだったのだとか。
道中でも、乾パンや果物なんかより、専ら干し肉をかじっていて、彼女の食糧袋の中身は大半が干し肉だ。
何だろう、これも1つの獣性の表れ、なのかな。
一方のセレナは、どちらかと言うと果物好き。
肉とか野菜とかも人並みには食べるし、たまに町で分厚い肉なんかが出た時にはおいしそうにかぶりついているけど。
よくよく観察してみると、日々の食事に占める果物の度合いが、結構大きい事が分かる。
食糧袋の中身も、大体干した果物4、干し肉3、乾パン3くらいの割合。
これは、エルヴィン家で果物がよく食べられていたから、かな。
あと、カナエが「セレナさんのような元気な方は、肉が好きなイメージがありましたが」って言っているのを聞いて、人の性格によって「好きそうな食べ物のイメージ」なんていうのがあるんだなぁ、とか思ったりもした。
こういう、なんて言うんだろう、「相手の見えない部分を、見えている部分から推測する」っていうのは、人と人とが相対する時にはよくある事だそうで……うーん、本当、なんて言えばいいんだろう…?
とにかく、やっぱり人の心って面白い、みたいな?
あ、これは余談だけど、カナエとセレナに、もし私が普通の人だったとしたらどんな食べ物が好きそうかって聞いてみたら、しばらく2人で話し合った後「ふわふわのお菓子とかを無言・無表情で口いっぱいに頬張っているのがすごくかわいいと思う」っていう、微妙に質問からずれた答えを返された。
食べている姿にも、可愛いとかってあるんだね。勉強になったよ、うん。
まぁ、そんな感じで。
私が考え事をしたりしなかったりしながら様子を眺めているうちに2人が食事を終え、それからさらにしばらくして、外に置いた食器を村人達が回収していったのを確認した後。
もしかしたら、今まで機会を窺っていたのかもしれない。
何をするでもなくぽけーっと座り込んでいた私に、カナエがおずおず、といった感じで話しかけてきた。
「しかしミーニャさん…その、良かったのですか?」
え、何が?
「ミーニャさんの同族を、討伐する事になってしまって…」
同族。つまり触手種を討伐するという事。
それがどうかしたの、と言いかけて、しかし一瞬の後、彼女の言いたい事が分かった。
そうだ。
人は、人殺し、つまり『同族殺し』を忌み嫌っているんだ。
私が触手を討伐するという事は、すなわち、同族殺しを意味している。
…正直、同族を殺すっていう考えは、全く頭に無かった。
感覚としては、これまで道中散々やってきた『魔物の討伐依頼』と何ら変わりなかったというか。
カナエに言われて、それを意識した今でも、私の中にそれを忌避する感情は湧き上がってこない。
村長の「あやつらはいけ好かない奴ではありますが、しぶといだけでその場から動く事も出来ない魔物など、巡礼官様の敵ではありますまい」という言葉を聞きながら、セレナとカナエが何とも言い難いような表情をしながら私の方をちらちら見ていたのは、こういう事だったのか。
私が、同族を討伐する事に、何か思うところがあるんじゃないかって。
でも、私は。
「…何も、思わない…」
自分と同じ触手種を討伐する事に、何の忌避感も後ろめたさもない。
明日、同族を殺すという事に、そして自分が、それに何も感じていないという事に、気が付いてから。
私の心は、私を置き去りにしてぐいぐいと思考を加速させていく。
――それは、『人が人を殺すのに何の感慨も抱かない』というのと同じ事なのではないか。
考え過ぎ、発想の飛躍だ。
――それは、人の世界では、殺人者、大罪人、異常者の思想だ。
心の隅でそう思っていても、今まで培ってきた『人』としての思考が。
――それは、人の世界では、恐れられ、弾劾される。
明らかになった、私の小さな異常性を責め立てる。
――それを、人としてあるまじきモノを何と呼ぶのか、私は知っている。
同族を、平気で殺そうと思えてしまう、私は。
――『ひとでなし』。




