第二十八話 踊らされるは手のひらか手の甲か
まるで見えない何かに引っ張られるように引きずり込まれていき。
扉の先の空間で、冷たい床を転がるはめになった私が顔を上げた時には。
私が明けた扉は既に、ほとんど閉じかけてしまっていた。
時間差でくるとは卑怯な。しかも、物理的に戻れなくなる類の罠。
起き上がりつつ、「メンバー全員が巻き込まれる、とかにならなくて良かったー」なんて思っているうちに扉は完全に閉ざされてしまい…
そのまま私は、なんだかえらく広い空間に1人きりになってしまった…
…と、思ったのだけれど。
「…なんでいるの…」
「いやぁ…引き戻そうとしてミーニャに近づいたら、一緒に引っ張られちゃって」
「同じく」
セレナとカナエが、もつれる様にして私の隣に転がっていた。
…私、1人で開けた意味ないじゃん。
「…離れていてと、言ったはず…」
「離れてたよ?すぐ動き出せるようにしてただけで」
「…同じく」
あれ、私ってもしかして、あんまり信頼されてない?
「…私、頼りない…?」
「『信頼する』のと『心配しない』のは全然別の話だよー。ミーニャだって私達の事心配してたから、離れてるように言ったんでしょ」
くそぅ、レゾナのような物言いを。でも当たってるから言い返せないっ。
「大体ですね、私の言う通り素直に町に戻っていればこんな事には…」
これまた何も言い返せない。本人も万が一だとは言っていたが、結果から見ればその『一』に当たってしまったわけで。
「…ごめんなさい…軽率、だった…」
頭を下げて、素直に謝る。
「えっ、あ、いや……もとはと言えばあの二人が頑なだったからですし、ミーニャさんのせいというわけでは…」
それは、確かにそうだけど。真っ先に同意したのは私だ。
「…進む流れになったのは、私が口を挿んだからでもある…」
「いえ、ミーニャさんは職務を全うしようとしただけで…」
「…結局、依頼主も巻き込んでしまった…」
「私が自ら巻き込まれに行ったわけで、それこそミーニャさんのせいではありません」
私が。いや私が。いやいや私が。
「まぁまぁ、その辺は後でじっくり考えるとして」
このまま、謝罪合戦へと発展しそうだった私達のやり取りを中断させたセレナが、部屋の中のある一点を指さす。
「あれ」
まっすぐに伸びた指の先、この広い部屋の中心部には。
どことなく人型のような、そうでないような。輪郭のぼんやりとした淡い光の塊が2つ。
…2つ?
「…えっと、どっちが精霊?」
困惑しつつ、カナエに問うセレナ。
それに対してカナエは、小さくため息を吐きながら、
「両方、ですね。そういう事でしたか…」
そう呟いた。
「…精霊が2人…」
「ごく稀にではありますが……複数の精霊がほぼ同時に、ほぼ同じ場所で誕生する事があります。その場合は大抵、それらの精霊の性質を併せ持った1つの精霊宮が出現し、精霊達をまとめて守護する…」
一緒くたにされてしまうって事、かな。なんか、雑じゃない?
私達の視線の先にある、茶色っぽい光の塊と、紫色の光の塊。その内の紫の方に目を向けながら、カナエは言葉を続ける。
「片方は闇属性の精霊ですね。『闇』は、引力や斥力を司る属性でもあります。扉を開けた時の罠も、恐らくそれに類するものでしょう」
つまり、ここまでの迷宮のような通路やゴーレムは、土の性質によるもの。そしてこの部屋は恐らく、先程の引力のような闇の性質が宿っている、という事。
「私もこのような精霊宮は話にしか聞いていなかったので、すっかり失念していました…」
いや、今までの道程でこんなの予測しろっていう方が無理だと思うよ。
「…仕方ない…」
「そうそうっ。むしろ私達からしたら、初めての精霊宮探索でそんな珍しいのに遭遇できてラッキー!って感じ?」
ラッキー…かどうかはともかく。まぁ、いい経験にはなっただろう。
「吸い込まれちゃったときはどうしようかと思ったけど……とにかく精霊は見つかったんだし、後はこれを…これを……どうするの?」
どうするんだろう。巡礼官達は『保護』するといっていたけど、具体的にどうやって保護するのだろうか。
連れて帰る?実体がなく触れない精霊を、どうやって。
「これを使って、一時的に封印します。予備も持ってきておいて良かった」
そう言ってカナエがローブの中から取り出したのは、2巻きのスクロール。
「これには、わざわざ精霊教が、不安定な精霊を封印するためだけに開発した魔法陣が描かれていまして」
へー。
精霊を保護するために魔法を1つ作ってしまうなんて、やはり精霊教は、精霊をどこまでも大事に扱っているようだ。
「これに、精霊をいったん封じ込め、教都へと持ち帰って…そこで、しかるべき処置を施すそうです」
その辺りは私にもよく分かりませんが、と締めくくり、再びスクロールを懐にしまい込んむカナエ。
「近寄る事で、また何か罠などが作動する可能性もあります。ここは警戒していきましょう」
一度引っかかってしまった分、嫌でも慎重にならざるを得ない。
となるとやはり。
「…私が先に行くから…」
斥候は私、だよね。
「…今度こそ、ちゃんと離れてて…」
怪我をするような罠ではなく、また結果的に精霊を発見できたとはいえ、私が言った事を守らなかったが故に巻き込まれてしまった2人には、しっかりと釘を刺しておく。
ちょっと怒ってる感じでねっ。
「…はーい」
「…分かりました。くれぐれも、気を付けて」
若干ばつの悪そうな表情で返事をするセレナとカナエ。
本当、頼むよ。
2人に何かあったら、嫌だよ、私。
そして、2人を置いて私が、ゆっくりと精霊に近づいていき。
セレナ達の精霊の、丁度中間くらいまで進んだところで。
――精霊達を守るようにして、それは現れた。
突如地面に浮かび上がった魔法陣によって召喚されたそれは、ここまでさんざん目にしてきたゴーレムによく似ている。
違う点といえば、体色が紫がかっている事と、両腕に闇色の手甲のようなものを付けている事。
それから、今までのやつの5倍くらい大きい、って事かな。
「…っ!」
誰かが息を呑む音を背中に聞きながら、私は大きく後ろに下がり、目の前に立ちふさがるゴーレムから距離を取った…のだけれど。
ゴーレムが左手をこちらにかざした途端、何かに引っ張られるようにして、私の体が前へとすっ飛んでいく。
扉の罠と同じ、『引』の力、だろうか。
私が物凄い速さで近づいてくるのに合わせて、ゴーレムが右腕を振り上げるのが視界に入った。
おっと、まずいかも。
避けようにも、空中ではろくに身動きも取れず……私はそのまま、なすすべもなく握り固められたゴーレムの拳を食らい。
気付けば、結構遠くにあったはずの後ろの壁に叩き付けられていた。
…いくらなんでも、飛び過ぎな気がする。
ゴ−レムが膂力に優れた魔物だからと言って、この威力は流石におかしい。ただ単に『大きいから』というだけで、ここまでの力になるのも考えづらいし。
やっぱりあの手甲、かな。
「ミーニャさん!!」
尋常ではない距離を飛んでいった私に、カナエが駆け寄ろうとして、
「大丈夫で――!」
しかし彼女も、引の力によってゴーレムの方へと吸い寄せられていく。
そして一瞬前の私と同じように殴られ、その細い体が物凄い速さでこちらへと飛んできた。
まずい。
私はとっさに触手を伸ばし、飛んでくるカナエを絡めとると、そのまま自分の体をクッションのようにして彼女の体を受け止める。
「ぐっ…!」
私の体を押しつぶすようにして激突したカナエは、絞り出されたような呻き声をあげるが……良かった、生きてる。
「…くっ…かはっ…!!」
口から血を吐き苦しそうに息を吐くカナエ。多分中身がやられている。
でも、生きている。なら、セレナが応急処置をしてくれるはず。
っと、安心してる場合じゃない。
続けざまの衝撃で半分ほど潰れてしまった人型を修復する暇もなく。
私は、今度は触手をセレナへと伸ばし、ゴーレムに引き寄せられる前にカナエともども自分の後ろへと庇う。
「…セレナ…カナエをお願い…!」
っ!きたっ!
恐らくセレナを捉えようとしたのだろう引の力は、しかしその前に立ちはだかった私の体を捉え、もう一度ゴーレムの元へと引き寄せる。
ぐんぐん迫ってくる拳。
先程、カナエが殴られた瞬間。彼女が咄嗟に前に構え、身を守った鋼鉄の棒をいとも簡単にひしゃげさせたこの右の拳が、棒に当たった瞬間に。
手甲から、何か半透明な衝撃波のようなものが発生したのを、私は目にしていた。
見た目からして闇っぽい手甲に、カナエが先ほど言っていた闇属性の性質。
その2つから考えるにあの、ゴーレムにしても強すぎる膂力の正体は、恐らく『斥』の力だろう。
左手で引き寄せ、右手で弾き飛ばす。
相手に身動きを取らせずに一方的に攻撃を加える事ができる、なんて便利な手甲だ。
私が欲しいくらいだよ。
でも、逆に言えば、引力にしろ斥力にしろ、その力は手甲にしか宿っていないという事。…多分。
ならば、『手』の届かないところに行けばいい。
私は、もうすぐそこまで迫っていた右の拳が当たる直前に人型を解き、無数の触手をゴーレムの体全体に纏わりつかせるようにして伸ばす。
パァンッ!!
かわし切れなかったいくつかの触手が右の手甲に触れ、乾いた音と共に弾け飛んだが……その時には既に、核はゴーレムの後ろに回り、背中にぴったりと張り付いていた。
自分の背中って、手届きにくいよね。体が硬いゴーレムならなおさら。
そのまま、ありったけの触手を総動員して、ゴーレムの両腕と胴体をひとまとめにしてぐるぐる巻きに縛り付ける。
当然ゴーレムの方もそれに対抗して腕を広げようとし、私の触手は次々に引き千切られていくのだけれど。
幸い、このところ体力を大きく消耗するような事はなかったから、人と違って食い溜めができる私の体内には、こまめにセレナから摂取していたエネルギーがかなり蓄えられている。
出し惜しみはしない。エネルギーをどんどん消費して、千切られた傍から触手を生やし、ゴーレムの腕と体を雁字搦めにしていく。
…よし。取りあえずこれで、厄介な引と斥の力は封じた。
こうなればもう、図体が大きいだけのただのゴーレムだ。
さっきのお返しに、こっちもグーで殴ってやんよー。
私は拘束を維持しつつ、幾本もの触手を束ねて大きな拳を作り出すと、いまだ触手から逃れようともがくゴーレムの顔面へとそれを思いっきり振りかざした。
ゴッ!!
もういっちょ。
ゴッ!!
そーれっ。
ゴッ!!
まだまだー。
ゴッ!!
…あれ、あんまり効いてなくない?
ゴッ!!ゴッ!!ゴッ!!
…訂正。全然効いてないっぽい。
私が渾身の力を込めて振りかざした触手を何度顔面に受けても、ゴーレムはそれを全く意に介さず、拘束から逃れようともがき続けている。ダメージが入っている様子はまるでない。
…えー。頑丈さもこんなに上がってるの?
これ以上の威力を出そうとしたら、拘束する方の触手の本数が足りなくなってしまう。
というか、今この時にも、何本もの触手が引き千切られ、それを新しく生やした別の触手でカバーして、という状況は続いているのだが……いつまでも無限に触手を生やし続けられるわけではない。
このままいくと、やがてエネルギー切れでこちらが負ける。
拘束を解いて全力で攻撃する?でもそうすると両腕が自由になってしまい、また引力と斥力でこちらの動きを制限されてしまう。セレナとカナエも危険に晒されてしまうだろう。
どうする、どうする。
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体中が痛い。
が、そんな事はどうでもいい。
壁際で、セレナさんに治療の魔法をかけてもらいながら。
私は、巨大なゴーレムと触手がせめぎ合っている様を呆然と見つめていた。
「これは…いったい、なにが…」
何が何だか分からない。
「見てたでしょ……あれが、ミーニャだよ」
見ていた、確かに。
私達を庇って、引き寄せられていったミーニャさんの体が解けていき、蠢く無数の触手となるのを。
見ていた。
だが、理解が追い付かない。
「あれでは、まるで…」
「そう、魔物。あれは魔法とかじゃなくて。ミーニャはね、正真正銘、触手なんだよ」
魔物。
私が口にするのを躊躇ったその言葉を、セレナさんはあっさりと言ってのける。
「なんで、なにが…」
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分でも、何を言っているのか分からない。
「ミーニャさんは…小さくて、言葉少なで、優しくて…それが、なんで…」
魔物、だなんて。
「…ミーニャは口数少ないし、無表情に見えるけど…私達と同じ『心』を持ってる」
心。
魔物に、そんなものがあるというのか。
「あるよ。だってミーニャは、あんなにやさしいでしょ?さっきも今も、私達を守るために戦ってる」
私達の前に立ち、身を挺して庇った時も。
危険を顧みず、ゴーレムの体に取り付き、1人で戦っている今も。
「私達を、守るため…?」
「そう。だから、私も。彼女の力になりたいんだ……っと、ごめんねカナエさん。今の私じゃ、ここまでの治療が限界」
そう言ってセレナさんは立ち上がり。
「カナエさん、そのローブ、借りていいかな」
私は。
私、は――
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まずい。
まずい、まずい、まずい。
ぶちぶちと嫌な音を立てながら引き千切られていく触手達。
何の打開策も思いつかないまま、遂に、ゴーレムの力に触手の数が追い付かなくなり始めた。
千切られた傍から新たな触手を巻き付けていくものの、その数も強度も、今までのものには数段劣る。攻撃なんてしている余裕は等の昔に無くなり、残り少ないエネルギーを振り絞って両腕を縛り付けようとするものの……
恐らく、数千もの触手を伸ばし、そしてそれらを千切られていった私には、最早ゴーレムの膂力を抑え込むだけの力は無く。
ゆっくりと、その両腕と胴体のあいだに隙間ができ始める。
だめだ、もう。
抑えきれない――!
ぶちぶちぶちぶちっ
ひと際大きな音と共に、遂にすべての触手が引き千切られ。
手甲に覆われたゴーレムの両腕が、自由になってしまった。
拘束が解かれたゴーレムはその勢いのまま、ゴキン、という音を立てながら腕を無理やり後ろに回すと、背中に張り付いていた核を引き剥がし、地面に叩き付ける。
あー、これはもう、無理かも。
眼前に迫る闇色の拳が、やけにゆっくりに見える。
今の私にはもう、それを受け止めるだけの触手は無い。
ここで終わりかぁ。
死ぬときはあっさり、なんて言ってたのは、誰だったっけ。
まぁ、いろいろと、思う事はある。
短い触手生だったなぁ、とか。
お母様達、悲しむかなぁ、とか。
せめて、セレナとカナエだけでも、なんとか助からないかなぁ、とか。
…やっぱり、死にたくないなぁ、とか。
「『拘束―風―上位』!!!!」
響き渡る叫び声と同時に、ゴーレムの拳がぴたりと止まる。
「カナエさん!!早く!!!」
「分かっていますっ!!!」
今度は、2つの叫び声。
その直後、ゴーレムの両肩から先が、ゴトリと音を立てて落ちる。
「図体ばかりのデカブツが!!!」
あ、それ、私もさっき思った。
灰色の長い髪と銀色の刀身が、幾度となく閃き。
あれほど頑強だったゴーレムの体が、ばらばらに切り刻まれていく。
最後に、私が全くダメージを与えられなかった頭部が真っ二つになって。
巨大なゴーレムは、あっさりと、粒子となって消えていった。
カナエ、そんなに強かったんだ。
やっぱりかっこいいなぁ。




