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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第三章<集落編>

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閑話 とあるエルフの心変わり

 あの子を始めて見た時、最初に思ったのは「色がきれいだな」って事。

 当時はまだ細く、1本しかなかった触手を風に任せて揺らめかせる様を見て、次に思ったのが「なんかかわいいな」って事だった。



 

 一目見て、すっかりあの子の事を気に入ってしまった私は、あの子が女性(私達)に害を及ぼす存在じゃないと分かってからは、毎日のようにあの広場に赴いては様子を見たり、話しかけたりしてみた。

 勝手に名前を付けたりもした。


 周りの人たちは、触手に夢中になっている私の振る舞いを、まるで面白い物でも見るように眺めていたけど。私としてはただ、お気に入りのペットを思いっきり可愛がるような、そんな程度の感覚だった。



 






 オークの群れが討伐された次の日、いつも通り会いに行った時あの子は、何だか今までにないほど興奮していて、触手をやたらめったらに振り回していた。私は祖母から習ったばかりの『沈静の魔法』であの子を大人しくさせながら、「やっぱり触手(魔物)だと、オークの気配とかを感じ取れるのかなぁ」なんて、その時は呑気に考えていたのだけど。






 思えば、それからしばらく経ってからだった。 


 私が広場に来ると、触手を振って反応するようになったのは。


 まるで言葉が聞こえているかのように、触手を揺らめかせるようになったのは。


 まるで私の行動を観察するかのように、常に何本かの触手をこちらに向けるようになったのは。


 私が単なる自己満足で読み聞かせていた本の内容を、少しずつ理解していくような素振りを見せ始めたのは。






 そのことに気付いてからは、私はますますあの子を可愛がるようになった。


 今までに持ってきた本を再び引っ張り出してきて、もう一度最初から丁寧に読み聞かせてあげたり。これまで以上に積極的に、私の事や村の様子なんかを伝えてみたり。


 私の言葉を聞き、振る舞いを観察し、どんどん成長していくあの子を見て。私は「なんてかわいくて賢いペットなんだろう」とか、そんなことを考えていた。






 体に触れられるようになったときは嬉しかった。中々懐かない動物が、心を許してくれた時みたいで。


 自分で本を読み始めた時には驚いた。まるで人みたいだと。






 そしてついにある朝、本人にとっては悲願だっただろう、あの子が人型へ変身する瞬間を目の当たりにした。


 遂にここまでできるようになったのかと、あんまりにもうれしくなった私は、あの子を自分の家に連れて帰った。お母さんは最初は怒っていたけど、おばあちゃんの説得もあって、最後には無事、あの子もうちで暮らすことになった。



 みんながあの子を見て驚く様子に、何だか無性に誇らしい気分になったりもした。「どう、賢いでしょ?」って。

 「ペットだって家族の一員なんだから、やっぱり同じ家で暮らすべきだよね」だなんて、あの時の私は、まだそんなふうに考えていて。


 おばあちゃんとあの子の会話も碌に理解せず、あの子の事を、全然よく見ようとしていなかった。






 人としての生き方を覚え、ますます人らしくなっていくあの子を眺めながら、「賢いなー」とか「かわいいなー」とか、上辺しか見えていない、薄っぺらい事を口にするだけの毎日。


 お父さんがいて、お母さんがいて、おばあちゃんがいて。大好きなペットがいて、エトナさんがよく遊びに来る。そんな楽しい毎日がずっと続けばいいのに、なんて、私は何も考えず(・・・・・)にそんな事を考えていた。









 馬鹿な私がようやく気付いたのは、おばあちゃんが死んだとき。


 その事を認めたくなかった私は、部屋の閉じこもって、現実から目を背けていた。

 おばあちゃんはそんな事、きっと望んでいないはずなのに。

 

 その時の、普段に輪をかけて馬鹿になっていた私は。

 あの子が部屋に入ってきたとき、あの子に対してとても失礼な事を考えてしまった。




――こんなときでもやっぱり、体液(エサ)がほしいんだな。




 今でもあの瞬間の事を思い出すと、自分で自分を思いっきりぶん殴ってやりたくなる。

 結局のところ、ここに至ってまだ私は、あの子を『ただの魔物』としてしか見てなかったんだ。




 でもあの子は、そんな私の目を覚まさせてくれた。


 子供のように駄々をこねる私を、抱きしめて。

 ひどい事を言ってしまった私を、決して突き放すことなく。

 言葉少なに、厳しく。けれど私のためを思って、声をかけてくれた。


 そこまでしてもらってようやく私は、おばあちゃんの死を、悲しい出来事として受け入れる事ができた。




 この日。

 あの子に目を覚まさせてもらって、あの子がおばちゃんの死をどう思っているのかを知って。

 お父さんもお母さんも、エトナさんも、おばあちゃんもとっくに分かっていた事に、私はやっと気が付けた。



 死を悲しみ、人を慈しむあの子は――彼女は。

 まぎれもなく、1人の『人』なんだってことに。





 それから私は、彼女の胸の中でわんわん泣いた。


 2人でおばあちゃんのところに行って、そこでもまた、馬鹿みたいに大泣きしてしまった。

 彼女も、たった1年程度しか一緒にいなかったおばあちゃんの事を想って、一緒に悲しんでくれたのが……なんというか、変な言い方だけれど、嬉しかった。

 

 

 彼女はその日、私の汗も涙も、一滴たりとも口にすることはなかった。

 




 この出来事で、私は2つの事を決心した。


 目をそらさずにこの世界を、現実を見据えていきたいって。


 今度こそ、ちゃんと『人』として、対等の存在として、彼女と向き合おうって。






 




 おばあちゃんが死んで、私が自棄になったんじゃないかって心配する両親とエトナと、たくさん話をして。

 私が、まぎれもなく自分の意思でそうしたいんだって、分かってもらって。


 一緒に行く事を、彼女に伝え忘れていたと気付いた時には、ちょっと焦ったけど。

 私の事を心配してくれる彼女を何とか説き伏せて。

 



 そして、私は今日、生まれ育った村を出る。


 ちゃんと目を見開いて、この世界を見るために。

 正面からしっかりと見据えて、彼女と向き合うために。




 どこまで行けるのだろう。どこにたどり着くのだろう。


 怖い? 不安? 楽しみ?



…いや、よそう。

 彼女の言葉を借りるなら「その時に考えればいい」んだ。




 期待も。不安も。全部、全部――







――彼女と、一緒に。







 





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