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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第三章<集落編>

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第十九話 旅人の萌芽

 冬に、セレナが大人になって。


 春には、村の人達ともだいぶ打ち解けてきた。


 夏には、初めて狩りに参加し。


 秋には、村中の冬支度を手伝って回った。




 そして今。

 私がエルヴィン家に来てから2度目の冬が、訪れていた。


 ミーニャ・エルヴィン、今日も元気です。










「なあミーニャ。ちょっと町に行ってみないか?」



 いつものように朝を過ごしていた私に、いつものようにやってきたエトナが、唐突にそんな事を言った。



「町に…?」


「ああ」



 町と言えば、森の出口のほど近くにある、リガルドの町の事だろう。

 あの町からは定期的に商人がやってくるし、集落の人達も度々物を買いに行ったりする、この村の住人にとっては結構馴染み深いところだ。





 この一年あまり、私はずっと集落内で過ごしてきた。

 エルフとしての、この村の住人としての生き方はだいぶ身に付いてきたし、一年前に家の外に出た時と同じように、そろそろ村の外に出てみるのも良いだろう、という事だろうか。


 


「さっき入ってきた情報なんだが…なんでも、リガルドの町周辺でのゴブリンの発生数が、今年は例年よりも多いみたいでな。討伐依頼がいつもより少し高値で出てるらしい」


 なるほど、つまり。


「…出稼ぎ」


「ああ、村の若いのを何人か引き連れてな。ミーニャにとっても、『町』ってのを見てみる良い機会なんじゃないかと思ったんだが…どうだ?」



 いつぞやのスライムの時とおんなじだ。

 割のいい討伐依頼などが出た時に、村から町まで出向いてちょっとした稼ぎを得る。この村の住人達が、昔から度々行っている事らしい。

 今回はそのついでに、私に町の様子を見せようと、声をかけてくれたのだろう。




「良いんじゃないかい?いつか、いきなり旅に出るよりかは…ごほっ、一度近場の町へ行って、そこがどんなところかってのを味わってくるのも、悪かないだろうよ…ごほっ、ごほっ…」


 このところ咳をする事が多くなってきたレゾナが、妙に素直に賛同してくる。いつもの嫌味ったらしい言い方はどうしたというのだ。



「ふんっ。この村でお前さんに教えられる事はもうないって言ってんだよ。この1年でお前さんはもう、エルフとしての振る舞いをすっかり身に付けちまったからねぇ、ごほっごほっ」



 私に様々な事を教えてくれた、レゾナ自身にそう言われるのは嬉しい事なのだけれど…ここ最近でめっきり弱々しくなってしまった彼女の元を離れて町へ向かうのは、何というか、少し…気が引ける。



「町へ行くって言っても、1日2日で帰ってくるだろうに…ったく、ちょっと咳き込んだくらいで人を重病人扱いとは、ほんと、随分と人らしくなったもんだよ」  



 この家のみんなやエトナ、村の人たちのおかげだよ。後、筋肉さん達とか。



「大体、世界を見てみたいんだろう?なんだって外に行くのを嫌がるんだい」




 そうだ、私は世界を見て歩きたいがために、今までやってきたのだ。やってきたのだ、けれど……


…レゾナの言う通り、私はこの村で1年以上を過ごし、1人のエルフとして人族の営みの中に入っていけるまでになった、と思う。


 だから今回の件は、いうなれば最終試験なのだ。今まで学んできた事が、町で通用するかどうかの。




 でもそれは、「私がもうこの村に留まる理由がなくなる」という事でもある。

 もちろん、私の目的は旅に出る事なのだから、いつまでもこの村に留まっているつもりはない。

 ないのだけれど。




 お父様と。お母様と。

 

 エトナと。レゾナと。


 セレナと。


 お別れしないといけないのは、少し……ううん、とっても、寂しい事だ。




 それが嫌で私は、最後の一歩を踏み出すことを躊躇っている。



「……いいから行ってきな。別に、そのまますぐに追い出したりするわけじゃないんだから」


 きっと、それが分かっていてレゾナは、私の背中を押そうとしてくれているのだ。



「ふっふーんっ。もちろん、私もいっしょに行くよ!」


 セレナも。



「そうね。いい機会だと思うし、ぜひいってらっしゃい」


 お母様も。



「うん。帰ってきて、ミーニャの目から町がどう見えたのか、ぜひ聞かせてほしいな」


 お父様も。



「なに、私も同行するんだ、分からないことがあったら何でも聞け」


 エトナも。


 

 みんな、私を応援してくれている。あのとき、家の外に出た時と同じように。




…だったら私も、あの時と同じように。


 いっちょ、頑張ってみますか。って、ね。




「…わかった。いってくる…」




 こうして私は遂に、集落の外へと出る事になった。











 次の日。

 私と、セレナにエトナ、他十数名ほどで、まだ日が昇らぬ内から村を出た。早朝から移動を始める事で、日が沈む前には町に辿り着けるらしい。



「ミーニャ、町までの道のりは覚えておけよ。この村からだと、どこへ行くにもあの町を経由した方が安全、確実だからな」


「…ん、了解…」



 人大陸は、森と山脈によって東西が二分されており、私達が住む集落はその森の西端に位置している。よって今から向かうリガルドの町も『西側』に分類されるのだが……西側は、東側と比べると街道がかなりしっかりしており、特に主要な町と町を繋ぐ道は驚くほど綺麗に整備されているらしい。

 その理由は西側が、殆ど丸ごと1つの『国』のような物になっているからなのだが、まぁ今エトナが言いたいのは、その街道を通って旅をした方が安全に、確実に西側を見て回れる、という事だろう。


 レゾナも「街道があるっていうのに、自分から進んで野道を行く奴は、ほとんどがただの馬鹿か、或いは命知らずの馬鹿さ」と言っていたし、肝に銘じておこう。うん。





 こうしてエトナやセレナ、同行している村人達と雑談をしながら歩く事、四半日ほど。


 遂に、木々に囲まれた景色が終わりを告げた。




「ほら、ミーニャ!森の外だよ!」




 セレナが指さす先にあるのは、生まれて初めて見る、木々のない草原。


 視界はどこまでも開け、なだらかな起伏がある地面が、地平の向こうまで延々と続いている。

 あそこ、小さくぽつんと見えるあれが、もしかしてリガルドの町だろうか。



「森の…外…」



 思わず口を突いて出た台詞に、エトナが小さく言葉を返す。


「ああ…お前は遂に、ここまで来たんだ」


 そうか、遂に。あの広場から、ここまで。


「どうミーニャ?初めて森の外を見た感想は?」


 こちらを覗き込むセレナに、思ったことを素直に答える。



「…すごく、ひろい…」



 それから。

 とても、とても眩しい。









「あそこに見えるちっさい点がリガルドの町だ。このまましばらく進めば街道にあたるから、後はそれに沿っていけばいい」



 エトナの言葉を聞きながら、しかし内容は全く頭に入ってこず、私はただこの広い草原を、食い入るように見つめ続けていた。


「街道まで行けば人と遭遇することになるだろうが、まあ、いつも通りにしていれば大丈夫だろう……って、聞いてないな、うん」


「始めてみる景色に夢中なミーニャ……凄く、良い……!」



 うん、ごめん。今ちょっとそれどころじゃないや。




 森の中と違って、ここには高い木々がほとんど生えていない。

 ただひたすらに草原だけが広がるこの景色は、ほとんどの人にとっては面白みも何もないような物なのだろう。しかし、森の中にしろ集落の中にしろ、今まで必ず視界が木で囲まれていた私にとって、この視界を遮るものがないだだっ広い風景は、すごく新鮮で、何というか…そう、なんかわくわくする。このままどこまでも進んでいけそうな、そんな気が。



 今回向かうのは、既に小さく姿を確認できるリガルドの町までなのだけれど。


 でも、この景色を見て、改めて確信できた。やっぱり私は、旅に出たいんだなって。


 レゾナは、そう思う事が分かっていたから、あんなにも私を町へ行かせようとしたのだろうか。

 むむ、レゾナめ。やはり策士か。










 こうして、始めてみる森以外の風景に心躍らせながら、エトナ達に続いて歩くこと数時間。


 緑一色だった草原に、白い線のような物が走っているのが見えてきた。それは視界の向こう、リガルドの町へと続いている。


 もしや、これが。


「ああ、見えてきたな。あれが街道だ」


 



 今まで歩いてきた草原が、柔らかく、所々で起伏がある地面だったのに対して、街道は、硬く、そして驚くほど平坦な道になっていた。

 恐らく石か何かを切り出して、敷き詰めていったのだろう。綺麗に整備され、十分な道幅もある街道は、起伏やでこぼこがほとんどなくとても歩きやすい道だった。森の中と比べるとあまりにも平坦過ぎて、逆に足の裏に違和感を感じるくらいだ。


 西側には、こんな道がいくつも通っているというのか。恐るべし、人族の技術力。



 私が、人の力というものに改めて驚愕の念を抱きながら街道を進んでいく内に、町へ近づいてきたのだろうか。

 徐々に他の人族とすれ違ったり、また何人かの人族を追い越したり、追い越されたりするようになった。


 村人以外の赤の他人が近くにいる事に、最初はやや緊張したものの……セレナの楽しげな、そして呑気な「大丈夫大丈夫~」という言葉の通り、私の事を怪しむ人は誰もいないようで、やや日が傾き、そして町の門が小さく見えてきた頃には、私はすっかり他人の存在にも慣れてしまっていた。


…あ、でも、初めて獣人族の人を見かけた時には、ついつい思いっきり凝視してしまい、相手の方に怪訝な顔をされた。

 すいません、不躾で。でも、ふさふさで、ぴこぴこ動く耳が気になったんだもん。








 やがて、日が沈みかけ、辺りが薄暗くなってきた頃。

 遂に、私達はリガルドの町の門に辿り着いた。








 エトナが門番らしき人と何事かを話し、それから全員の持ち物をチェックして。

 いよいよ私達は、街の中に足を踏み入れる。



 どうしよう、また緊張してきた。町の中って事はやっぱり、人がたくさんいるんだよね…


…い、いや、大丈夫!ここに来るまで何人もの人とすれ違って、もう他人にも慣れたし! それに、リガルドは小さな町だっていうから、そんなに人が多いわけでもないはず!ほ、ほら?この門だってあんまり大きくないしね!うん、全然大丈夫!……多分!



 私が自分を奮い立たせている内に、私達の直後にやってきた何名かの旅人の身体検査が終わり……みんなで一斉に、町の中に入る事になる。 


「中の人混みを見て、おったまげるなよ?」


「ミーニャ、手つなごう、手」


 大丈夫大丈夫、全然大丈夫。でも手は繋ぐ。




 そして遂に。

 門番達によって、閉ざされた門が開かれていき――



 




――私は、人の海の中に投げこまれた。






ざわざわ、がやがや。




 人、人、人。

 エルフが、人間が、獣人が。大人が、子供が、老人が。旅人、町人、商人のような人、中には、見たこともない上等な服を着た人まで。ありとあらゆる人が、町の入り口から続く大きな道にひしめいている。


 

 え? え? なにこれ!?なんなのこれ!!?

 人、多すぎじゃない!?

 地面が見えないんですけど!?



「この時間帯は旅人が駆け込んでくるから、ちょっと人が多くなるんだよなぁ!」


 エトナが喧噪にかき消されないように大声で話しかけてくる。


 ちょっと!?これで!?

 私はてっきり、世界中の人族が集まってきたのかと思ったよ!!割と本気で!! 

 

「ミーニャ、手離しちゃだめだよー!!」


 エトナ同じように声を張り上げたセレナが、私の手を強く握りながらぐいぐいと先へ進んでいく。


 うん、離さない!!絶対離さない!!ここで離したら多分、二度と会えなくなるような気がするもん!!!


 ていうか誰!?リガルドが小さい町って言った人は!!

 これで小さいなら、大きい町になんか行ったら私、本当に潰されちゃうよ!!




 あまりにも多い人の数に混乱し、もみくちゃにされながらも私は、唯一の命綱であるセレナの手を絶対離すまいと強く握りしめ…というかもう腕にしがみつき、何とか人混みを抜ける事が出来た。

 後にセレナは、だらけ切った表情で「あんなに情熱的なミーニャは初めてだった…」とかなんとか言っていたが、こっちははぐれまいと必死だったのだ。本当に。切実に。



 こうして、どうにかこうにか人でごった返す大通りを抜けた私達は、村の人達が町に来た時によく利用するという宿に向かう事となった。

 ちなみに私以外のメンバーは、何ということもなしにあの人混みを突破し、まだふらふらしている私の頭を代わる代わる撫でながら、「よく頑張ったねー」とか言ってきた。

 くそう、これが大人の余裕というやつか…






 その後、小道を幾度か曲がり辿り着いたのは、やや古ぼけてはいるものの、それなりに大きく、それなりに繁盛しているらしい一軒の宿屋。



「ここは旅人がよく利用する安宿でな。あたし達も、出稼ぎに来るときはよく利用させてもらっている」



 そう言ってエトナは、私達を引き連れて宿に入っていく。



 それなりに繁盛しているという事でやはり、中には結構な数の、客と思われる人達がおり、各々席について食事をしたり騒いだりしていたが……まぁ先ほどの人混みに揉まれた今の私からすれば、この程度物の数ではない。

 日々成長する触手。それが私、ミーニャ・エルヴィンなのである。 



「よし、私とミーニャで部屋を取っておく。お前たちは先に座って飯にしといてくれ」


 エトナの言葉で私以外のメンバーが開いている席に向かっていく。

 あ、そう言えば食事の時はどうしよう。私だけ食べないと怪しまれるよね…


「そうだな…まあ、人混みに酔ったとでも言って、しばらく部屋に籠っていればいいだろう」


 そうだね、そうしようか。私の分(・・・)は後でセレナから貰えばいい。



「んじゃ、今から部屋を取るから、よく見てやり方を覚えておけ。どの町でも、大体同じ感じで通用するだろうからな」


 そう言ってエトナは、奥のテーブルで何やら作業をしている、小太りのおばさんの元へと向かっていった。






 その後を追いながら、私は。


 宿のあちこちから上がっている、程よい喧噪を聞いて。


 それなりの数の客たちが、楽しげに騒いでいるのを見て。



 ようやくじわじわと、「町にやってきたんだな」という、何とも言えない高揚感というか、感慨深さのようなものを感じ始めていた。



……そうだ、私は。ようやく、『町』にやってきたのだ。






…嬉しい。



 

 嬉しい、嬉しい。 




 嬉しい、嬉しい、嬉しい――!








「おーい、ミーニャ?早くこっちこーい。…ミーニャ?」







――これがきっと、私の『旅』の、始まりだ。




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